邪頭的日記
2001年6月


6月30日(土)

午後から大学院入試説明会があるということで、家族連れで 中野の自宅から大学まで車で行ってみた。 片道が2時間なので、ドライブには適当な距離である。

研究室の冷蔵庫に冷やしてあった「夕張メロンゼリー」が 無くなっているとしたら、それは愚娘のせいである。

テレビ局から、番組の台本の下書きがFAXで送られてくる。 番組の構成上、私が話すのは一文である。


6月29日(金)

このページを書かれた方に直接メイルでお尋ねしたところ、 「水酸基をもつものがすべて氷表面に吸着するわけではない」 というお返事をいただいた。 (ありがとうございます。) また昼食でお会いした吉田先生のお話しでも、砂糖が直接に 吸着することはないそうだ。

すると、この点では塩と砂糖の違いはないことになるが、 やはり凍らせたものの見た目の違いが気になる。 溶解度の違いで塩の方が析出しやすいのだろうか?


Worster and Wettlauferの "J. Phys. Chem. B 101, 6132 (1997)" あたりを見ていて、氷表面近傍に存在する濃厚溶液のことを "mushy layer"と呼ぶそうだ。 "mushy"とは、「どろどろした」という意味だ。

この"mushy layer"が何らかの形で結晶成長を阻害して、 氷と濃厚溶液の「まだら構造」を作っていると考えられる。 "mushy layer"は特に濃度が高いので、固化に必要な 水分子が氷表面に到達(拡散現象)できない、ということは 考えられる。 水によく溶ける砂糖は簡単に析出しないので、なおさらだろう。

ただし、すでに複数の方から指摘されているように、 問題はこの"mushy layer"や「まだら構造」のスケールがどの程度か、 ということである。 物質の溶解度や濃度、温度、冷却速度などにも依存するだろう。 これが正しい問題設定なのだろうか?


俳優のジャック・レモン死去。 先週たまたまビリー・ワイルダー監督の作品を観たくなって、 「サンセット大通り」(ただしジャック・レモンは出演していない) を借りたのは虫の知らせ? その時なんとなく「今頃ジャック・レモンはどうしているかなあ」 などとと思ったのであった。


以前にも書いた 「ラマヌジャン書簡集」(シュプリンガー・フェアラーク東京) はよだれが垂れそうである。 はやる心を押さえて、藤原正彦の「心は孤独な数学者」 (新潮文庫)の中の「インド事務員からの手紙」を再読。 この数学史上もっとも有名な手紙を実際に目の当たりに できるのは、この上ない喜びである。


6月28日(木)

15時に3名の番組プロデューサーと面会する。 番組側も実験を重ねており、味も含めて最適な砂糖濃度 を教えていただいた。 その濃度は企業秘密のためここでは公開できないので、 ご要望があれば個別に対応します。 (それほど大げさなものではない。) また、砂糖以外は味覚的に使えないらしい。

私からも現時点で考えられる可能性として、 「凝固点降下+不完全相分離説」を説明した。 私が日記上で一度プッツンしたのもいけないのだが(既に削除)、 私の機嫌をそこねないようにと、皆さん一言一句に非常に気を 遣っておられるご様子で、却って申し訳なく思う面もあった。 大学教官がある種の「バカ殿」であるというイメージを与えて しまったのかもしれない。

収録は日を改めて7月2日と決まった。


昨日の塩水と砂糖水を凍らせたものの外見の違いが気に なってきた。 塩水を凍らせた方が、表面がざらざらとしており、 直線状の平行な筋や、乾燥ひび割れのようなパターンが 見られる。 砂糖水を凍らせたものの表面は、それと比較するとのっぺり としている。

塩水に関しては、Wettlauferの"Europhys Lett. 19, 337 (1992)" にある「セル構造」で理解できると思われる。 砂糖水でも「セル構造」は形成されるのであろうか?

ちなみに、 ここでは針状結晶を観察している。 「セル構造」と「針状結晶」の違いがよく分からない。 関連する基礎事項として「マリンス・セカーカ不安定性」を復習する。


6月27日(水)

昨日の塩水と砂糖水を凍らせる実験は、出来上がりの見た目が 多少違うということはあるが、完全に凍らず表面がベットリ しているという意味では同じであった。 つまり水の固化で濃い溶液が排除されているのである。

一宮氏の日記で指摘されているように、確かに6月16日の時点では、 塩水の固化は純水の固化と似ていると思ったが、今考えると はっきりとした基準があったわけではない。 「塩も砂糖も氷には溶けず、氷と濃い溶液が共存している」と考える私に とって、一宮氏の結果はむしろうなずけるのだが。

ただし、「水酸基をもつ物質が水素結合を介して氷の表面に吸着し、 結晶成長を阻害する」というのが一般的 事実であれば、砂糖と塩の違いは重要である。 この点について是非知りたい。


6月26日(火)

午前中、化学熱力学の講義。 ようやくボルツマンの原理に到達する。 学生の中には"S = k log W"の式が登場するなり、 感動のあまりむせび泣くものが続出し、 一時的に講義を中断せざるを得なかった、 などということは起こらなかった。

午後は教室協議会。

氷関係ではWettlaufer, PRL 82, 2516 (1999)あたりに 目を通す。 それにしても、 福田氏 一宮氏の日記にある、 「水酸基をもつ物質が氷の表面に吸着する」という 情報は本当だろうか? さらに福田氏から、塩水を凍らせた場合の実験を独立に行うよう 要請される。 現在の私は「(定量性はともかく)塩も砂糖も同じ」 という立場なのだが、やってみるしかない。


6月25日(月)

午前中、ゼミ。 先週はすべての時間をかき氷に費やしたため、本来の職務 が完全に滞ってしまい、てんやわんやである。

週末を過ごして精神状態が多少落ち着いたこともあり、 再取材を引き受けることにした。 今週の木曜日に取材前の下打ち合わせを行うことになった。

氷の実験では、研究室の学生も協力してくれているようだ。 その学生の実験法(?)は、なかなかユニークである。 紙コップで凍らせた純水と塩水と砂糖水の強度を比べるために、 なんと屋外で道路の上に氷を叩きつけたそうである。

結果は、違いが分からなかったそうである。 それはともかく、実験中の彼が他人に見られなかったどうかが 心配である。


6月24日(日)

ヒッチコック監督の「知りすぎていた男」ではないが、 今回の出来事は私にとって完全に「巻きこまれ型」 騒動である。 しかし、映画と同じように、一旦巻きこまれてしまえば 最後まで流れに翻弄されてこそ、ストーリーは完結 するのかも知れない。 巻きこまれてくれた人が私以外にも多数いることを思えば、 なおさらである。

もっとも私の場合には「知らなさすぎた男」であったのが 問題であった。 (私は見ていないが、実はこのタイトルの映画もある。) 多くの人の協力にもかかわらず、 依然として「かき氷問題」のきちんとした答えは得られていない。 結局、再取材に対する回答は出せないまま一日を過ごした。

都議会選挙の投票のついでに、前から気になっていた高円寺の ジャズ喫茶"Nadja"に親子三人で潜入。

夜、両親の知人の通夜で、三鷹の禅林寺へ行く。 通夜が始まる前の時間を使って、この寺の境内にある 森鴎外と太宰治の墓をみる。 なぜか日本人としての血が騒ぎ、熱いものがこみ上げてきた。


6月23日(土)

一日中、考えは揺れ続ける。

何が双方にとって建設的であるかという観点から、 少なくとも6月21、22日の番組批判の部分は削除 することにした。 理由は、これらの批判がすでに番組側に伝わっており、 彼らも真摯に受け止めていると判断できるからである。 つまり、批判の目的を達したからだ。

過去の日記の記述を変更することに対する心理的抵抗も あるが、このまま文章を残してしまうと、将来にわたって 批判をし続けることにもなり、それは私の本意ではない。 元々は気晴らしでやっている日記だし、今回も純粋に科学 的情報を集めたかっただけだ。

今回の件で、インターネットが諸刃の刀であることを身を もって実感した。 この分野の可能性や影響が未知数であるだけに、本当の 意味で賢明な使い方をしなければいけないわけで、 上述の判断が現段階では最良と考える。


今後は基本的に科学的議論のみを掲載する。 福田氏の体を張った実験は続く。 一宮氏の考察と情報はWettlauferのEurophys. Lett.の論文 との関連で重要か。


個人的によく存じ上げている方ではないので、匿名に させていただくが、阪大の化学の先生から貴重なご意見をいただく。

「科学(化学?)と熱力学の常識を確認する必要があると思いました.

したがって,私はどなたかも言われているとおり 「不均一で結晶粒が小さい」ことが第一の原因だと思います.」
「すると問題は,冷凍庫で冷却したときに全体が凍っているかどうかですが, これは実験しなければわかりません. 全体が凍っていないとすると 「相当細かいスケールで相分離していて濃厚砂糖水が液相として存在する. このため全体として凍っていないので柔らかい. 濃厚砂糖水は切削にあたり潤滑剤としても機能する可能性もある.」 全体が凍っていれば 「相当細かいスケールで相分離しているので,氷結晶は小さく, その結晶粒の間にはショ糖が析出している.このため全体としては柔らかい.」 てなことになるでしょうか.」

福田氏の実験によると、全体が凍っているようだが。また、私の 経験では砂糖の濃度にも依存すると思う。さらに、

「ショ糖が水和結晶を作るかどうか少し問題になっているようですが, ショ糖と水のからなる水和結晶の報告はなさそうです (少なくとも一昨年までに結晶構造の報告はありません).」

とのことである。


今日はどうしても気分転換が必要と感じ、家族で 西新宿に行き、都庁の展望台を訪れる。 帰りの車中で、妻がぽつりと「福田君はどうやって プラスチック製のおろし金でかき氷を作ったのかしら」 と言った。


6月22日(金)

福田氏の 実験は 続いている。


Andelmanとのやりとりや、 Micheal Elbaum John Wettlaufer からの情報は こちらにまとめておく。 Wettlauferのメイル中の論文は、 "Europhys Lett. 19, 337 (1992)"と "Geophys. Res. Lett. 24, 1251 (1997)"。 その他にも、 こんな 最新情報。


というところで、突然番組のディレクター二名が私の部屋を訪れ、 約二時間の話し合いを行なう。 番組側からは

などが示された。

それに対して私からは、

などを述べた。

彼らの説明により、今回のトラブルに関しては 些細な行き違いが発端になっていることは理解した。 また、再度の取材に関しては、週明けに返答することにした。

さらに、番組内容の機密保持に関しては、テレビ側なりの 事情が存在することも理解した。 そのため、私の判断により、これまでおよび今後の日記で、 番組名が陽に書かれていた部分は陰に書き換えることにする。 日記での公開は、あくまでも科学的情報の収集が目的であり、 それ以外の部分で他人に迷惑がかかるようなことは極力避けたい。

今日はとにかく疲れた。 週末の回復を待って、何が最も建設的であるか熟慮したい。


6月21日(木)

腹は壊すわ、夜は眠れないわ、肩は凝るわ、口内炎は増えるわで、 最悪の体調のまま、とうとう取材前日になってしまった。


福田氏の(私よりもはるかに)「精緻」な実験結果が、 彼の日記で公開されている。 さすが化学部出身である。 (ただ、この人はどうやって氷を家に持ち帰ったのだろうか?)

いずれにせよ、エタノール溶液を凍らせても柔らかいというのは、 現在、私が考える「不純物による不完全な相分離説」をサポートして いてよろしい。


都立大の田中篤君が こんなサイト を教えてくれる。 実験の目的で、「シャーベットができるのは凝固点効果であるこを 理解させる」と恐ろしく高ピーなのでギョッとする。 「吸熱反応」に関する記述は今一つ意味不明。


金属メーカーのとある方からの、かき氷を真正面から捉えた ご意見:

「技術屋の観点からみると、砂糖水の氷(アルコール添加した氷)では 氷の被削性(machinability)が普通の氷より良くなっている様に思 います。 福田氏の日記を読むと、切削抵抗も低くなっているようです。 アルコールや砂糖水が、刃先と氷の間に入り潤滑剤として作用している 事は無いでしょうか?」


明日の取材が突然キャンセルされるというトラブルが発生する。


6月20日(水)

朝にメイルをチェックすると、早速福田氏からメイルがきていて、 「エタノールの融点は異常に低いので(-114℃)無意味な設定 だった。 この日記を通じて全世界に恥をさらしてしまった」 とご困惑の様子である。

しかし、そもそも彼はエタノールとは言ってないし、 何の定量性も考えずに、アルコール度数が40%のウイスキー をそのまま凍らせようとしたのは私である。 理論家が足元をすくわれる典型例だ。

それでも名誉回復をめざそうとする福田氏は(これがかえって 傷を広げるかも知れないが)、ビールは凍るし (そういえばこれもシャーベット状だった気がする)、 エタノール溶液も濃度が薄ければ凍るでしょうと書いて くれた。 さらにぶどう糖(単糖類)とショ糖(二糖類)の比較も提案 してくれる。 実は私もこれを気にしている。 すなわち、ぶどう糖はともかく、二糖類であるショ糖もトリジマイト 構造に入るのだろうか?


早川さんから、砂糖ではないが塩水に関する有益な情報を 教えていただく。 「食塩水を凍らせても食塩氷はできない」 という事実があり、溶液化学の本では以下のように説明されている。

「氷は水分子が正四面体配列をするように水素結合を形成し、 つながったものである。 従って頂点に適当な配向を持つ水がないと氷は形成しにくい。 水の中にイオンが含まれるとイオンは水和し、イオンのまわりの 水分子はイオンに特徴的な配向をとり、周囲の水分子と水素結合が しやすい向きにはならない。 この様な水分子は氷の形成には邪魔になり結晶構造から排除される。 そのため食塩水を冷却すると(水の凝固点も降下するが)、 水素結合しやすい部分の水のみが結晶を形成し、塩を含む部分の 水は氷にならず分離する。」

これに関連してある本で私が今日で知ったことは、エスキモー人が 海氷を「ポータブル・ウォーター」と呼ぶことである。 (エスキモー人って英語使うの?) 海水が凍っても、氷自身は淡水であること意味する。 そう言えば、ビールを凍らせても、凍っている部分は純粋な水である。

上の記述はこれまで考えてきたイメージと近いが、 イオンと水の相互作用は本質的にクーロン力(水は双極子をもつ) であるのに対して、糖と水分子の主な相互作用は水素結合である。 この違いが気がかりである。


とうとう福田氏は仕事そっちのけで、条件を変えて凍らせる実験を 始めたらしい。 是非、 ご本人の日記で結果を公表してほしい。


吉田先生からの新しい情報:

さらに、砂糖の融解エントロピーの数値が分からないとお話ししたら、 わざわざ測定していただけることになった。

その結果、 関東化学の特級スクロース(砂糖)で、融解エントロピーは 95.23 J/K molであることを教えていただいた。 実際に測定をしてくれた応用化学科M1の吉井智子さん、 どうもありがとうございます。


わざわざいただいたメイルを、こんなにも勝手に(しかも実名入りで) 引用してはいけないのだろうが、 時間がないので(?)、そうさせていただく。 三重大の松山さんは「ネットワーク破壊+シェアシックニング説」:

「水分子間の水素結合は指向性が強く,コロイド(砂糖)のような大きな分子 が混ざると,その水素結合が壊されるので,砂糖水の氷はさくさくした 感じになるのでは?」
「口の中でかき氷を舐めてると(シェア下),この砂糖分子と水分子, あるいは,砂糖分子間の水素結合を誘発してずりにより粘度が多少増加して 柔らかく感じるのでは?」

うーん、粘度が増加すると「固く」感じるのでは? (松山さんは「かき氷問題」が"Nature"級のネタだと励ましてくれた。)


久保演習書4章[20]に従って水と砂糖の共融点を計算すると 273.098K となり、水の融点(273.15K)とほぼ同じ値になって変だ。 凝固点降下では0.5 mol/kg でも約1K下がるのに、、、、 「融解熱が温度によらない」 という仮定がいけないのだろうか? この問題の結果は、二つの物質の融点や融解熱が大きく違う場合には 使えない?


今回の「かき氷騒動」もついに国際的になってきた。 別の用でメイルをくれたAndelman(フランスでLeiblerの所に滞在中) に今回の件を愚痴ったら、彼まで議論に加わってきてくれた。 Andelmanは基本的に相分離説。 アイスクリームの食感は氷の大きさで決まっていて、 全体を滑らかにするためには、大きな氷ができないように、 絶えず混ぜる必要があるそうだ。

さらにAndelmanはイスラエルのMichael Elbaumにも問い合わせてくれて いるそうだ。 そう言えば、ElbaumはMichael Schickと共著で、水の三重点における 氷表面の 論文 を書いている。


6月19日(火)

久保演習書に従って、水と砂糖の共融点を計算しようしたが、 砂糖の融解エントロピーの数値が見つからず、ペンディング。


吉田先生の説明では、砂糖は水素結合によって、 氷のトリジマイト構造にすっぽりはまってしまう。 その後、つくば山の麓にいる福田氏から、 同じく水と水素結合を作るが、大きさの異なるアルコール ではどうかと問われる。 ちなみに福田氏もネットワーク変化説。 (私の周囲でもこれが一番多い。)

実験、実験。 手近に純粋なアルコールが無かったので、とりあえずウイスキーを そのまま凍らせてみることにした。 すると、いくら時間が経っても冷凍庫では全く固化しないこと が分かった。 確かにロシア人がウオッカを飲めるわけだ。

上平恒「水とはなにか」(講談社)を見て、水溶液の構造に ついて少し知識を得た。 アルコールの場合、その疎水部が水の隙間に収まるため、 例えばエタノールと水を混ぜると、一定の濃度範囲で 体積減少が見られる。


某番組の録画ビデオを見て驚いたことは、それぞれの専門家の コメントは単語、またはせいぜい一文で(コメントがない場合もある)、 しかも極めて断定的であるということである。 かき氷問題は複合的であり、これをたった一つの要因に帰着 させるのは無理だ。

それでも22日の取材日は刻々と迫ってくるわけで、 とうとうストレスのあまり口内炎ができてしまった。


6月18日(月)

「かき氷問題」で早速、強力な方々から強力な(?) メイルをいただく。 田崎さんは「皆目見当がつかない」そうで、 佐々さんは氷のネットワークの変化説。 田崎さんにすら「皆目見当がつかない」ことを安易に引き受けた 己の愚かさを呪う。


ところで、砂糖(= ショ糖 = スクロース)を水に溶かした場合の 凝固点は、水1kgに砂糖(分子量:342)をおよそ300g溶かして 約-2℃であることが分かった。 これは大したことはない。

しかし、仮に今の系が物理化学の教科書に 載っている2成分の共融混合物の相図に従うとすれば、 上の凝固点よりも温度を低くしていくと、溶液から(ほぼ)純粋な 氷が析出するにつれて、その分濃くなった砂糖の溶液が残っていく。

実は、この「濃い砂糖水」というのは実際に砂糖水を凍らせて、 表面を触ってみるとよく分かる。 べたっと指が濡れるのだ。

さらに「共融点」と呼ばれる温度以下になると、今度は (ほぼ)純粋な水の固体(氷!)と、(ほぼ)純粋な砂糖の固体(氷砂糖!?) に分離する。 (ただし、時間はかかる。) 一般に固体同士は混ざらないようだ。

冷凍庫で冷やしたものが、凝固点以下においても、純粋な氷と砂糖の 濃厚溶液の共存状態と考えれば、全体として柔らかいのはうなずける。

この考え方に従うと、砂糖分子が氷のなかに入っていき、水の ネットワークを変化させるというのは、(多少はあるが)主な 原因ではないような気がする。

「教えて!水と砂糖の共融点!」


その後、工学部応用化学科の吉田先生に重要なことを教えていただく。 そもそも砂糖は水に膨大に溶けるという性質をもっており、 これは砂糖がちょうど水の「トリジマイト構造」の中に すっぽり入ってしまうからだそうだ。 その砂糖水を凍らせると、砂糖分子が氷の結晶の成長を妨げる 役割を果たす(多少曖昧)。 大きな氷の結晶ができにくくなると、全体としては柔らかい ということになる。 その場合でも、氷の中に砂糖分子が入り込むことは考えにくいそうだ。

この砂糖と水の相性の特殊性と、上で述べた溶液の固化の 一般論の両方の理由で、砂糖水の氷は柔らかいのだろうという ことだ。


夜の時点で、早川さんから共融点は計算できることを指摘される。


6月17日(日)

「かき氷問題」は全く進展を見せず、非常に気の重い週末 になってしまった。 朝も目が覚めると、早速かき氷のことが頭に浮かんできて、 いきなりブルーになってしまった。 取材を引き受けてしまったことを後悔する。

と言いつつも、明日以降にこの日記を見てくれた人が、何か 適切な助言をしてくれるのではないかと勝手にあてにしている のであった。 ついでに、テレビに映るならばということで、散髪に行ったことも 白状しよう。

夕方に娘とかき氷を食べる。 もちろん、砂糖なしだ。


6月16日(土)

お昼からお茶大に行って、今井さんと中谷さんと議論。

研究の話をそっちのけにして、早速かき氷の疑問を彼らに ぶつけてみた。 今井説では、砂糖は氷の中で水分子と水素結合を作り、 水分子自身のネットワークを局所的に破壊しており、 そのせいで柔らかいのではないかということだ。 つまり、凝固点降下よりもこちらの効果の方が大きいの だろうとおっしゃる。

その事を調べるには、塩水を凍らせてみればよいという ことになる。 塩水では凝固点降下はあるが、水分子のネットワーク の破壊は少ないと予想されるからである。

実際に実験を行った結果、塩水を凍らせて作ったかき氷の 食感は、どちらかと言えば水だけの場合と近いかもしれ ないということになった。 やはり砂糖水を凍らせた場合が一番柔らかいのだ。 こうなってくると砂糖であるということが重要な意味 をもってくる。

しかし、食感というのは極めて曖昧なもので、どうも いま一つはっきりと結論が見えてこない。 こうして「かき氷問題」はますます混迷を深めていくので あった。

「一刻も早く求む!砂糖入りかき氷に関する情報!」


6月15日(金)

朝、昨日のテレビ局の取材の件を教授に相談すると、 「私は来週、つくばで実験がありますので、好村さんが対応して いただけますか」 と、お返事をいただく。 事務に問い合わせても、「取材に特別な許可の必要はありません」 と期待外れの答えが返ってくる。 結局、様々な状況から取材を受けざるを得なくなってしまった。 そこで、

「知りたし!砂糖水を凍らせて作った かき氷が柔らかい理由!」

大学の帰りにかき氷器を購入した私は、早速実験を行ってみた。 確かに砂糖水を凍らせたものは、感覚的には「柔らかく」、 水を凍らせたように「こちこち」ではない。 実際にかき氷を作ってみると、明らかに砂糖水を凍らせた ものの方が容易に削れることが分かり、食感も「ふわふわ」 としている。 一方、水を凍らせたものは「がちがち」とした食感だ。


6月14日(木)

生協の書籍部で恐るべきもの発見。 「ラマヌジャン書簡集」(シュプリンガー・フェアラーク東京)。

藤原正彦のエッセイ「心は孤独な数学者」の中でラマヌジャン というインド人数学者の存在を初めて知り、彼の短くも波乱万丈 な人生に、自分でも異様といえるほどの興味をかきたてられていた。 このたび発売された書簡集の表紙で、ラマヌジャンの顔にお目に かかれただけでも大収穫である。


それにしても、全く予期し得ないことが起こものである。 夕方、某テレビ局の人から電話があり、いきなり

「砂糖水を凍らせて作ったかき氷は、水だけを凍らせて 作るかき氷よりも、なぜふわふわしていて柔らかいのですか?」

と質問される。 「自分で試したわけでもないので、はっきりしたことは分からないが、 たぶん「凝固点降下」という現象のせいだと思いますよ」 と応える。

相転移や凝固点降下のことをひとしきり説明させられると、 今度は

「今の説明をテレビでコメントしていただけますか? つきましては来週そちらに取材でお伺いしたいのですが」

ときた。 完璧にうろたえてしまった私は 「とりあえず私一人で判断するわけにもいきませんし、 本当に凝固点降下だけで説明できるのかも分からないので、 一日考えさせて下さい」と言って電話を切る。


帰宅後、田崎さんの熱力学の教科書で沸点上昇の説明を 読みなおし、一応自分なりに凝固点降下というものを 理解し直す。 要するに、液体に第二の物質が溶けると、混合の エントロピーを得するために液体が安定な温度領域が拡大し、 つまりは凝固点は降下し、沸点は上昇するということのようだ。 すると砂糖水は凍りにくく、言い換えれば液体部分が多い ため(ここが曖昧)柔らかく感じられるのだろう。

しかし、教科書で述べられているのは 「溶質を含む液体(溶液)」と「純粋な溶媒から成る固体」の相平衡 についてのみである。 考え始めると

などと答えられない疑問が次々に湧いてくる。

田崎さんの教科書では、アイススケートが滑る理由を圧力変化のせい とするのは短絡的であると戒めておられるし、 なんだか大変なことになってきた。 まったく頭が痛い。


6月13日(水)

原稿の手入れ。その他、頭を使う雑用。

学生に「先生の言葉には必ず影がある」と言われる。 せめて「先生の言葉はスパイスが効きすぎている」くらいは言って ほしいものだ。

「宇宙衛生博覧会」の「顔面崩壊」と「問題外科」はかなりの インパクトあり。


6月12日(火)

午前中、化学熱力学の講義。 今日から統計力学に入ったのだが、フォーマルな話を続ける うちにだんだんあきらめ顔の学生が増えてくる。 まだ始まったばかりなので、しばらく辛抱してほしいのだが。

久しぶりに新宿のタワーレコーズでCD漁り。 本日の収穫物:

最後の"Wood"は、完全に「ジャケット帯」のチープなコピーで 買わされてしまった。 いわく

「低音界(ジャズ系)騒然!!スゴイのなんのって!! 私はこのアルバムを聴いて三日間、ひざを抱えてしまいました。 (都内在住、某ベーシスト)」


6月11日(月)

朝の通勤電車で筒井康隆の「宇宙衛生博覧会」(新潮文庫)を読む。 週の最初に読むにはあまりにも気色悪い「蟹甲せん」と「こぶ天才」 であった。

こんなものを読んでバチが当たったのか、朝Linuxを立ち上げようと するとファイルシステムが壊れている。 手動でfsckをかけて事無きを得たが、しばらく冷や汗がでた。

午前中、ゼミ。その後、来月の集中講義の準備を進める。

サンタフェの国際会議の前に買った内田春菊の 「私たちは繁殖しているブルー」(角川文庫)終了。


6月10日(日)

ほこりとダニのアレルギーがあると診断された 娘の喘息対策に、家中の絨毯を外すことにする。 それに合わせて家具や絵の配置換えもしたため、 午後はくたびれて昼寝。 こうして生産的なことはほとんどできない週末 となってしまうのであった。


6月9日(土)

最近は週末に愚娘と子供用のレンタルビデオを一本 借りにいくのが習慣になっている。 親としては時間が長いなどのコストパフォーマンスが 良さそうなものを借りさせたいのだが、娘にはそういう 概念がなく、最後には彼女の要望に押し切られてしまう。 本日は結局「ドラえもん」。


6月8日(金)

半休をとって、娘を母親を新宿の東京医大まで連れていく。 娘は喘息治療の相談、母親は検査。

昼過ぎに帰宅して、午後に出勤。 リーナス・トーバルズの「それがぼくには楽しかったから」 (小学館プロダクション)を購入。 帰宅の電車で読み始める。

大阪の児童殺傷事件に衝撃を受ける。 このような特異な事件を社会の構造的な問題として 捉えるのはどうかと思うが、かと言って単なる交通事故的 な事件として済ませるには余りにも重い。


6月7日(木)

全くもってこの日記はくだらないのであるが、それでも やはり情報発信の役割は果たしているようで、早速、 御自身のお子さんの小児喘息の経験をメイルで送ってくれた 知人がいた。 大変、参考になりました。 この場を借りてお礼を申し上げる。

全くもってこの日記はくだらないのであるが、それでも 私の知らない方の このページ からリンクされていることを、「物性研究」の編集長に 教えていただく。

「物性研究」の編集長には、ご丁寧にも私の 「不安なイスラエル日記」執筆に対するお礼の言葉を頂戴した。 本来他人のメイルを引用するのはルール違反だとは 知りながら、それが余りにも嬉しかったので、御本人の承諾を 得ずに勝手に引用させていただく。

「まず物性研究に掲載されたイスラエル日記は好評の様で 編集長としての御礼を申し上げたいと思います。 先日も岩波の人が原稿の督促に来た際に「あれは素晴ら しい」と語っておらました。 本にすることも検討している様です。 本として出版する場合にも著者の判断で適当に加筆・訂正・削除 したら物性研究としては問題としないという旨を伝えておきました。 そのうち(既に?)に話が来るかもしれませんが気にせずに話に 乗って下さい。」

ちなみに、そのような話はまだない。


6月6日(水)

娘が病院で(軽度の)喘息と診断され、長期の薬物治療を薦められるが、 果たしてそうすべきかどうかで悩む。 求む、小児喘息に関する情報。

来月のお茶大の集中講義の内容を検討する。

今年からJJAPの編集委員を担当しているが、レフリー選びは なかなか頭が痛い。


6月5日(火)

午前中、化学熱力学の講義。 レポートを提出したり、質問にきたりする学生もいて、講義に 参加する姿勢が伺えるのは良いことだ。 これから本腰を入れてついてきて欲しい。

学生がGoldsteinとLeiblerの脂質二重膜に関する昔の 論文の不備を見つけた。 これも嬉しい驚きだ。


6月4日(月)

午前中、ゼミ。 イスラエルアチビリの本における膜の曲げ弾性の記述は大変不満である。 サンタフェの国際会議の簡単な報告を行う。


6月3日(日)

光に満ち溢れたサンタフェの街並みの色彩は鮮やかで、精神衛生上 大変良かった。 あの深く濃い青空は、日本ではお目にかかれない。 そんなサンタフェの画廊で買った絵の額縁を高円寺の画材屋で購入して すっかり満足。


6月2日(土)

久しぶりに家族とゆっくり時間を過ごす。


6月1日(金)

昨日今井さんに教えてもらった問題について、 関連論文を集めながら方針を考える。 しかし、似たような問題設定を考えている人はすでにいるわけで、 その意味ではソフトマターの分野もかなり成熟していると言える。


過去の日記:
2001年 5月 4月 3月 2月

1998年12月〜2000年3月: 不安なイスラエル日記


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