7月最後の1日。
休日の朝は衣に邪魔されずにゆっくりと寝ていたいので、前の晩から衣のベッドに お気に入りの絵本を忍ばせておく。 そうすると翌日、万が一衣が早く起きても、 絵本を1人で見て、静かに過ごしていてくれることが多い。 その後、漫画みたいにバッタンキューと倒れて再び寝てしまうこともあるし、 「ちょっと―起きてよー」と言わんばかりに声をあげ始めることもある。
突然だが、衣が現在話す事のできる言葉を紹介しよう。 覚えている限り、使う事ができるようになった順に並べてみよう。
どーぞー、おとーた(おとうさん)、おかぁーか(おかあさん)、 バイバーイ、ピッピ(リモコン、電気のスイッチ類の意)、 かーいーえ(かわいいね)、カーカ(鳥全般、飛行機も含む?)、 ボールは?(ボール)、こぅれ(これ)
以上である。 「どーぞー」は、とにかく一番始めに理解して覚えたらしい言葉である。 ある日、なんとなく衣を見ていて 「どーぞー」を理解しているのではないかと思い、 「これ、おとうさんにどーぞって持って行って。」と言うと、 すたすたと夫の所に行って頼んだ物を渡してきた。 この時は、日頃夫から「クールな母親」と言われている私も、 さすがにドキドキしてしまった。
この辺りから、衣の相手をするのがぐんと楽しくなり始めたように思う。 私は限りなくゲンキンな母親なのだ。
夕方、南のビローセンターというショッピングセンターにタクシーで出かける。 駐車場で偶然に、日本に4年間住んでいたという子供連れの若い夫婦に出会う。 彼らは日本でアクセサリーを売っていたそうだ。 子供は、衣とほぼ同じ1歳4ヶ月の女の子だ。 アシュドットに住んでいるらしく、日本が懐かしいとしきりに言っていた。 彼女(母親)のおへそにピアスがしてあるのが妙に目についた。
食堂に入ると、以前会ったテイクアウトの中華料理屋の日本人の青年が 手を振っている。 暇そうなので、呼んで来て一緒に座る。私は、コインを入れて動く乗り物に夢中の 衣の相手をしていたので殆ど同席しなかったが、 夫は20分程話し込む。
衣のお気に入りは、どこでも自動車の乗り物。 ハンドルを握って、がちゃがちゃするのが楽しいらしい。 いつもお金は入れずにただ座っているだけだが、 ふとコインの投入口を見ると、2シェケルと書いてある。 60円くらいか? 意外と安いんだな―と思う。 衣が生まれるまで、この様な乗り物の存在すら忘れていた。 子育てを始めると、色々と忘れていたことを思い出す。 コインの乗り物、キティーちゃん、どうぶつクッキー…。
途中、女の子が乗りたそうにしていたので、どいてあげると、 「ヒネ ポー」と言って、 彼女の横に衣も一緒に座らせてくれた。 衣は、大きいお姉さんと一緒で嬉しそう。 顔を覗き込んだら、ニコニコとしている。
朝9時15分にアンジェリカの家に行く。 アンジェリカとご主人のグレゴーが、 彼らの車でテルアビブの郊外にある楽器屋まで 連れて行ってくれることになっているのだ。 ドイツ人なので朝が早く、もうすっかりと準備ができているかと思いきや、 否…。 グレゴーはベンヤミン君をあやしながらドライヤーをかけ、 アンジェリカはシャワーを浴びている最中だった。
とにかく出発しようということで、アンジェリカはびしょびしょの髪で ブラシとベンヤミンくんの哺乳ビンを抱えて家を出る。 彼らの車にはエアコンがついていない! ドイツの夏は涼しいらしく、殆どの車にエアコンはついていないそうだ。 窓を開けたり閉めたりしながら30分程で約束の住所に到着。
電話で値段の交渉をしたヨッシーさん(楽器屋)との待ち合わせは10時だったのだが、なかなか現われない。 時間に正確なドイツ人の代表選手のようなアンジェリカは、 10時1分過ぎに既にイライラしだす。 10時5分過ぎ、「10時半って最初は言われたんだけど、10時に変更したのよ。 どうしたのかしら。」落ち着かない様子。 10時7分「変ねー。絶対におかしいわよ。」 彼女のイライラが極地に達しつつあるのを見て 危険を感じ「ここはイスラエルだということをお忘れなく。」と一言。 ようやく彼女の顔に笑顔が戻る。
そうこうするうちにようやくヨッシーさんに会える。 なんと、楽器があるのはここではなく、テルアビブの彼の店だそうで、 彼の車に皆で乗り込み移動。 移動中はしきりに自分の音楽歴、家族の事など話してくれるのだが、 3分おきくらいにあちこちから電話がかかってきたり、自分から電話をしたりで 非常に落ち着かない。 勿論、携帯電話は備え付けの器具に取り付けてあるので、手放し運転ではないのだが とにかく、彼の声が並大抵の音量ではないのである。 それに、電話のスピーカーからの声もそれはそれは大きな雑音で最初の数分間は 我々もニコニコと面白がっている余裕があったが、 そのうちに3人共、無口になってしまう。
遅い午前中の渋滞したテルアビブ市内をもったりと走り、結局海岸近くの一角にある 彼の「小さな」店にたどり着く。
店内には私のためにビオラが用意され、他にも狭いながら色々な楽器が、 一応並んでいるというよりかはむしろ、積み上げられている。 恐ろしくびよーんびよーんにゆるく張られた4本の弦を、ヨッシーさんが吹いてくれる 調弦用の笛を頼りに3回ほどチューニングする。 新しい弦というのは、すぐに音がくるってしまうので、 何回もチューニングしなおす必要があるのだ。 ようやく、「それらしい」音に近付いてきたビオラを弾いてみる。 音は出る。 弓も吹けば飛ぶように軽い代物なのだが、使えないことはない。
手書きの借用の為の契約書には、グレゴーがサインをしてくれ、 ようやく楽器が手に入る。 再びガーガ―という物凄い電話の声をバックミュージックに彼の家に戻る。 3人共車が止まるか止まらないかのうちに車から飛び出る。 「素晴らしい」子守唄のおかげで、ベンヤミン君はすっかりと不機嫌になってしまう。 ヨッシーと別れ、八百屋でバナナを買い、夫に電話をしに行く。
帰りの道中は皆でバナナを食べながら、ヨッシー評に花が咲く。 グレゴーは早速、家に着いたら楽譜を渡すので練習をしてくれと言う。 うひょ―! ま・じ・め…。 彼らの親切にお礼を言って、楽譜を借りて12時半頃帰宅。
衣は昼食後の昼寝中で、夫が出迎えてくれる。 なんとか留守番はできたようだ。 助かった。
これでようやく念願の合奏が実現するわけだ。 あとは、私の練習しだいということだろうか…。
昨日あたりから夫の日記 「不安なイスラエル日記」が一部で読めなくなっているらしい。 7月30日の日記が読めた、 もしくは読めなかったというご連絡を下されば幸いである。
今日は衣(ころも)がたっぷりと昼寝をしてくれたので、私もゆっくりと休む ことができた。 昨日は眠くて眠くてたまらなく、ベッドでだらだらしていると、 すぐに衣がやってきて、スリッパを履かせようと持ってきたり、 あっちに行こうと強引に誘って、ちっとも休まらなかった。
夕方、昼寝から目覚めて機嫌の良い衣に水を飲ませ、靴を履かせて 3階に水遣りに出かける。 昨日は2回行っているので、衣もすぐに合点してくれて、 階段を1段1段確実に昇って行く。 私が彼女の右側に立って右手をつないで階段を昇ると、大股で昇るくせに、 彼女の左に立って彼女の左手をにぎって上がると、1段ずつ両足を揃えてから 慎重に昇るということを今日発見した。
カーテンがひいてある薄暗い部屋に入ると、衣は一目散にベランダの方にとことこと 歩いていく。 窓を開けて、風通しを兼ねて網戸にしながら水遣りを開始。 今日は朝にやらなかったので少し心配だったが、ひまわりや朝顔、シソ、バジリコ、 カレープラント、ゼラニュウムなどの植物たちはしおれずに元気だった。 衣は今日も空きのペットボトルを忙しげに運ぶ役目を果たしている。 そのうちに、私の真似をして、床に置いてある鉢植えにペットボトルを無理やり 押しつけて「水遣りごっこ」を始める。 最後は、水を溜めたバケツに気付き、パシャパシャと水遊びに興じ、その当たりを びしょびしょにしてしまう。
今日も抵抗するかなーと思いきや、「じゃ、今日のお仕事はおしまい。 また明日ね、ばいばーい。」と言うと すんなり部屋の中に入っていき、玄関に向かう。 母、びっくり。
帰りの階段は衣の楽しみの一つである。 各踊り場毎に、最上段に注意深く腰を下ろし、私と並んで座って お喋りをする。 1回のお喋りはそう長くはなく、 母の顔を時々見上げながらの軽いお話である。 階段に枇杷やライムの木が張り出している所では、 木を指差して説明してくれる。
まだ言葉を話さない子供のお喋りというのは実に面白いと思う。 まるで大人の言葉を話しているかのように、身振り手振り、そして表情も駆使して、 目を動かしたり、口をとんがらがせたり、つぼめたり…。 ちゃんと抑揚があり、聞き手が合いの手を入れる間もあるのだ。 すかさず合いの手を入れないと、聞いていないものと見なされ注意を促がされる。 私の友人がよく、赤ちゃんには赤ちゃんの言葉がきちんと存在していて大人の方が それが分からないだけ、と言うのだが、まさにそんな感じである。
明日はいよいよテルアビブにビオラを借りに行く事になった。 アンジェリカ達が車で連れて行ってくれるのだ。 やっほー!
今朝から3階の日本人の一家がエイラットに旅行に出かける。 ということで、留守中のベランダの植物の水遣りを頼まれた。
衣と一緒に10時に水遣りに出かける。 衣は階段を沢山昇れるのでご機嫌である。 預かった鍵で玄関に入り、ベランダに直行。 ペットボトルに何本も水を汲んでおいて下さっているので、 その水を端から使っていけば良い。 衣は蓋のしていないペットボトルを目ざとく見つけ、指を突っ込んで 「エヘヘヘヘッ」と楽しそうである。
3階からの景色は1階の我が家からの景色とは全く違い、見渡す事ができて 気持ちが良い。 1階は涼しいが見晴らしが悪い、3階は熱いが見晴らしが良い。 どっちもどっちだ。
あっという間に終ってしまい、衣に帰ろうと言うと、もっと遊びたいらしく 大騒ぎである。 我が家に帰って来て、ベランダの掃除を衣と一緒にすることにする。 衣は無理やり連れて帰られたので機嫌が悪く、玄関でぐずぐず言っていたが、 ベランダの方に靴を置いておき、掃除を始めると、 パッと気分が変わりスタスタとやって来る。 空いたほうきを握ってなんとも嬉しそうな表情をする。 いつも、掃除用のモップには「汚いよ」と触らせなかったので、 特別の気分なのだろう。
私の後をほうきを持ってついて回る。 衣もほうきでタイルを叩いて掃除の真似事をしている。 午前中の心地よい風が吹くと、 空を見上げて身震いをしながら全身で喜びを表す。 そのうちに、両手にそれぞれ小ぼうきとちりとりを持ってやって来て、 しきりに「彼女なりの」掃除をし、ちりとりをごみ袋の上でちょんちょんとする。 私がさっき集めたごみをこうしてごみ袋に捨てたのを観察していたようだ。 フウンと感心してしまう。
夕方も3階に水遣りに上がる。 帰りに階段で2階のアメリカ人のおばさんと2人の女の子と立ち話をする。 彼女達は1ヶ月の滞在なので、ご主人は勿論仕事だが、 奥さんと子供達は観光、観光、観光という日々らしい。 昨日もエルサレムから夜の11時に帰ってきたと言っていた。 今日はこれから、アシュドットの海岸で夕食をすると張り切っている。 娘達は2人共、赤毛のアンのような見事な赤毛で、 黄緑色の水着がとても良く似合っていた。
いつもの様に夫の研究室に行くと、日本の友人から手紙が届いていた。 2人の男の子の母として頑張っている彼女は、 子育ては楽しいが、自分の時間がとれない「今」はストレスを感じる事が多い、 と書いていた。 確かに、ここでもお母さんたちの共通の悩みは、 「自分の時間がとれない」ということである。 そのような意味でも、最近始めたヘブライ語のレッスンは、 私にとって楽しい一時である。
子供が小さい時に、お母さんが何か自分の為に出来ることを考えてみる。 まとまった時間を見つけるのが極端に難しいので、細切れの時間でも できること、余り道具を出して準備したりする必要のないこと、 などが条件かなと思う。 あと、少しでもアカデミックなことに触れるということは、 子育てで疲れ切って、 叱り過ぎて自己嫌悪に陥ったお母さんの精神を、 少しでも慰めることができるのではないだろうか。
2回目のヘブライ語のレッスンが、朝の8時半からある。 寝坊をしないか心配で、6時頃から30分おきくらいに目が覚める。
昨日の晩に掃除を済ませておいたので、今朝は比較的余裕がある。 今日から参加のニュージーランドのデビが1番にやって来る。 やる気が感じられて合格。 次が先生。 しばらくその二人に自己紹介を兼ねて雑談をしてもらう。 先生の息子さんが3年間の兵役の後に、1年間の休暇をとり、 ニュージーランドやオーストラリア、 インドを旅行したということが話題になっている。 3階の日本人の奥さんは、末息子さんが熱を出してお休み。
今日は先週の宿題の世界共通の単語(バンク、バナナ、コーヒー、アスピリン、 テレビ、ラジオなど)を順番に読むことから始める。 皆それなりに予習はしてきてはいるのだが、思ったよりもつっかえつっかえ の読み方だった。 限りなくクールなギッダのご主人や、 きっちりタイプのアンジェリカとかは、涼しい顔でスラスラと読むものとばかり 思っていたので意外だった。
基本的な読み方に少し慣れたところで、 人称代名詞とそれによる動詞の語尾変化に移る。 きっと、後で落ち着いて頭の中で整理して考えながら応用すれば 正しい答えが導かれるのだろうが、レッスン中はとにかく頭の中は ごちゃごちゃで、なかなか「当たらない」。 ふと我に返ると、ノートを上下逆さまに使っている! レッスン中、何度もデビと目が合うが、彼女の大きな目がいつもの倍くらいに なって頬もすっかり紅潮している。
皆、先生に質問されると、 「えーと、頭では分かっているのですが、どう言って良いか分からないのです。」 なんてしょうもないことを苦し紛れに言っている。 そうかと思えば、「この文字見た事がないんですが…。」 と、アレフベート(アルファベット)の最初の文字を指して、 果敢にも先生に抗議する人も出てくる。 と言っている私も、質問されてしどろもどろしていると飛ばされているのだ。 まあ、つまるところ、今の時点では皆どんぐりの背比べといったところだ。 さて、これから脱落者が出ずに皆で仲良く続けられるかしら?
今朝は前回に比べて子供達の音量は大きかった。 先生が段々「ノリノリ」になってきて、 1時間半の授業がほぼ2時間に延長してしまったことも大きな理由だろう。 時間が経つにつれて、皆段々先生の近くに寄ってきて、先生の書いたものを 必死に書き写す。
こうして物を習ったり、勉強するのは久しぶりなのでとても楽しい。 そして「学友」が沢山いるということも励みになる。 今日の後半は、夫が騒ぎ出した衣の相手をしてくれたので彼には気の毒だったが、 授業に関しては私が先生にへばりついて吸収して、 後で夫に伝授するという方式にしようと話し合った。
夕方は、今までに計画して何度も流れたアンジェリカとの散歩がついに実現する。 研究所の物理の建物の芝生で、おやつを食べながら1時間程お喋りをする。 ヘブライ語のレッスンのこと、夏休みの計画(ドイツには帰らずこちらで過ごす)、 8月11日の皆既日食のこと、彼女の1人暮しのお父さんのこと、 彼女とご主人の結婚のこと (ベンヤミン君が生まれる前の晩に形式的に結婚したそうだ)、 ベンヤミン君がなかなか離乳食が進まず困っていること、 毎日の時間の過ごし方のこと、などなど色々と話す。
彼女は「細やかさん」なのだが、それが裏目に出ることも多い。 つまり少し心配性過ぎたり気がまわり過ぎる傾向がある。 彼女の細やかさは、私に欠けていることなので、 彼女から少し分けてもらいたいくらいだ。 テンションが高いので正直のところ少々疲れるのだが、 同時に、話がぐんぐん進んで勿論楽しくもある。
随分前から2人であちらこちら手配して探し回っているビオラの件は、 彼女のご主人が研究所の秘書に手伝ってもらってイエローパージで良い店を 見つけてくれた。 早速明日、私がその店に電話をしてレンタルの値段を聞いてみることになる。 うまく行けばこの週末にでも彼女達が、 テルアビブのその店に連れて行ってくれると張り切っている。 手頃な値段で借りる事ができると良い。
朝9時きっかりに電気が切れる。 あーまたかー。 朝の家事を済ませてから早速あちこちに電話をしてみる。 今日はなんと我が家だけの停電! うっそぉー! 急いでゲウラに電話。 肝心な時に彼女はいつも不在。 留守番電話に取りあえず「ウィー ニード ユア ヘルプ」と入れておく。
しばらくすると、さっき電話した3階の日本人の奥さんから 「ブレーカーが下りたのではありませんか? 今、見に行きます。」 と心強い申し出がある。 ところが、最近ブレーカーが新しく取りかえられていて、 彼女も復帰の仕方が分からない。 とりあえず、彼女の家のブレーカーを見に行く事にし、 衣とどやどやとお邪魔する。 あれこれやっているうちに、なんと彼女の家のブレーカーまで下ろしてしまう。
復帰の仕方をゲウラに聞くことになり、我が家に戻ってくる。 もう一度念の為にやってみると、なんのことはない、いとも簡単に直ってしまった。 もう一度3階まで上がり、彼女の家のブレーカーを直す。 お騒がせしましたと1階の我が家に戻って来て、 ゲウラに「問題解決、心配いりません。」と伝え、一件落着。 主婦歴5年にしては、初歩的な勘違いをしてしまった。 お恥ずかしい…。
気を取りなおし、バルコニーの花壇に 昨日頂いて来たシソとバジルの苗を植えることにする。 花壇といっても、すっかり乾燥しきってコチコチの土に雑草とアロエ、サボテン、 と枯草が生えているだけである。 手始めに枯草と雑草、伸び放題のツタを取り除き、 バケツで水を2杯注ぎ、シャベルで固い土を掘り起こす。 なんとか物を植えられる状態になり、早速苗を植えてみる。
私は自慢ではないが、植物の世話が大の苦手なのである。 今までに枯らしてしまった鉢植え、プランターの苗は数知れない。 高校時代は、美術の静物画の為に先生が貸して下さったゼラニュームの鉢植えを、 数週間かけてスケッチしている間に水遣りを全くせず、しまいには見るに無残な 姿にしてしまった。 結婚してからは九州の官舎のベランダで、暇を良いことにハーブガーデンを 始めようと無謀な計画を立て、シソ、パセリ、バジル、ミント、ローズマリー 等のオシャレなハーブの種を蒔いたのだが、結局全て枯らしてしまった。 そうそう、二十日大根も見事に失敗。 葉っぱの下に、ヒョロヒョロと細長い赤い根っこが生えてきただけである。 幼稚園では上手く育てられたから簡単、と軽く考えていたのが間違いである。 あれは、きっと先生が適切な指導をして…そうそう今思えば、 毎日日課としてたっぷりの水遣りを欠かしていなかったなー。 こんなに前科のある人間が、 果たしてこの乾燥しきった国イスラエルで無事にシソの収穫を楽しむことが できるのだろうか。 皆さん、続報をお楽しみに!
朝の家事を済ませ、ギッダに電話をして彼女の家に遊びに行く。 彼女の所は、週末に2泊3日でハイファと北の方に行ってきたそうで、 まだ、ボストンバッグの荷物が出しっぱなしである。
衣は帽子を被って、衣専用のリュックサックにおもちゃとお菓子を入れて 2階まで階段を昇って行った。 初めての家なのでしばらく立ちつくして観察をしている。 そのうちにクララちゃんとおもちゃの取り合いを始める。 2人共今の時点では1人っ子なので、こうして友達と遊びながら社会の ルールを体得してもらわねばならぬ。
ギッダとはヘブライ語やデンマーク語、日本語の話をする。 母から習った「水仙」というデンマーク語の単語を言うと、喜んでくれた。 彼女もあと1ヶ月で帰国である。 出産のための帰国だが、暑さから逃れる事ができることもかなり嬉しいらしい。
この暑さは、勿論日差しの強さや雨が降らないという事は別として、 日本の一般的な夏を経験していれば、そんなに驚く事はない。 今の所では、の話だが。 同じイスラエルでも場所が変わればかなり暑い様だが、 ここレホボトに関する限り、今の時点の気候は健康な日本人には、 まだ「耐え得る」。
午後は3階の日本人の家に行く。 彼らは今週泊りがけで、 南北に細長いイスラエルの南の先端エイラットに休暇に出かけるので、 留守の間の植物の水遣りを頼まれたのだ。 水遣りの説明をしてもらい、 ついでに彼女が種から育てたシソ、バジルの苗を幾つか分けてもらう。 我が家のベランダの花壇は巨大アロエとサボテンに占領されたまま、 荒れ放題なので、シャベルを借りてきて手を入れる事にする。
味付け海苔を1パック頂き、夕食に食べる。 彼らは12月に日本に帰国なので、そろそろ大事に取っておいた日本食を 食べる作業に入っているようだ。
モロッコの国王が亡くなり、 アラブ系のチャンネルでは、どこも葬儀の中継を流している。 自分の無知さ加減をさらけ出すようだが、 実のところモロッコがどこに位置するのか分からず、 ニュースを見ながら地図帳で確かめる。 アフリカの北の端かー。 うーん、近いではないか! こちらに来て、日本から遠い国に来ているのだなと実感するのは、 折に触れてアフリカが近い事を認識する時である。
安息日をゆっくりと家で過ごす。
ここに引っ越してきた当初は、安息日に洗濯機を使って良いのか迷ったものだが、 最近は週末もなんの抵抗もなく洗濯をしている。 週末に洗濯室で会う人は、ユダヤ人ではないということだろう。
今日は隣の階段の3階に住む、ニュージーランド人のデビに会う。 彼女は次回のヘブライ語のレッスンから参加することになっている。 からりと乾いたシーツ乾燥機から取り出しながら、 ヘブライ語の予習は進んでいるかと尋ねてみる。 彼女、まだ始めていないらしい。 先日伝え忘れた、「私は〜です。」「私は〜人です。」「私は〜から来ました。」 などを教えてあげる。 本当は「父」「母」「息子」「娘」なども習ったのだが、 すぐには思い出せなかった。
夫が東京の両親に久しぶりに電話をかける。 勿論、困ったことがあった訳ではなく、久しぶりに元気な声を聞いてもらうためである。東京もイスラエルに負けないくらい暑い様で、 暑さに弱い義母は、例年にも増してかなり参っているらしい。 夫は1人息子なので、その家族が遠い外国に来てしまっているので、 彼らは2人きりで夏を乗り切らなくてはいけない。 一般的なおじいちゃんおばあちゃんの様に、 かわいい孫が「おじーちゃーん、おばーちゃーん。」と訪ねて来る賑やかな 夏休みは来年までお預けである。 衣はおやつを食べながら電話を気にしている。 彼女が電話口に出て、気の効いたことを話せるようになるまでにはもう少し 時間が必要である。
夕方、近くにドライブに出かける。 レホボトの南東に位置するネヴ・シャロームとラトゥランを訪ねる。 ネヴ・シャロームは何があるという訳ではないのだが、小高い丘の上の小さな 町でとにかく景色が良い。 西の方角を見渡す事ができ、 地中海が地平線と空の境にピンク色に輝いている。 丘の上なので、よい風が吹き、大変に気持ちが良い。 大きな鳥がグライダーの様に、羽をいっぱいに広げて空を旋回している。 その鳥を見つけて衣は「カーカー」と大喜び。 最近、衣は鳥を見ると、何でも「カーカー」と言って興味を示す。
ラトゥランには小さな修道院があり、観光バスも1台停まっていて、 一応観光地のようだ。 教会の中には見学時間を過ぎていたので入る事はできなかったが、 門の脇に修道院で作ったワインが展示即売されている部屋があり、 観光客がテイスティングを楽しんでいた。
入り口近くに無花果(いちじく)の木があり、小さな実をつけていた。 イスラエルに来て初めて無花果の木を見かけて感激した。 今思うと、なぜか私にとって聖書の国イスラエルで無花果を見るのは、 学生の頃からのぼんやりとした夢であったような気がする。 思わず夫にビデオに納める様に頼む。
この国で百日紅を見つけたことは書いただろうか。 日本と同じように、ピンク色のクシャクシャとした花をつけている。 今、丁度研究所の中にも咲いている。 日本でも今頃、暑さの中でシャンと咲いていることだろう。 去年の夏、病気の父が百日紅の赤い花を特別に好んだと母が言っていたのを、 ふと思い出す。
レンタカーを借りてカイザリアに行く。
ギッダ達が先週末に行って良かったと言っていたので、 またまた「真似っこ」することにした。 皆にカイザリアに行くと言うと、口を揃えて「良い所よー。」と言うので、 楽しみに車を走らせる。
大きな幹線道路の1番線と2番線を使って1時間程で到着。 テルアビブの北の海岸線に位置する小さな町である。 しかし、歴史的にはかなり重要な町で、その昔、 紀元前2世紀頃のフェニキア人の町から始まり、 ヘロデ王時代、十字軍時代と各時代に大いに栄えた町らしい。 その名残の遺跡が多く残っていて、ローマの円形劇場のミニチュア版まである。
遺跡見学とプライベートビーチの使用料が一緒になっていて、 1人25シェケルで入場できる。 遺跡の見学の後、初めてビーチに出てみる。 プライベートビーチとして高額の入場料をとっているだけはあり、 今まで見たビーチの中ではかなりきれいな方だと思う。 パラソル、ベンチも沢山あり日陰も充分にある。
日陰で少し砂遊びをした後、早速衣は初めての海を体験する。 水着も一応持ってきてはいたのだが、今日は服のまま足を波に洗わせる程度にした。 ところが、それだけでも衣は大はしゃぎなのである。 波を怖がるかと思っていたのだが、波が来ると歓声をあげて大喜びである。 日陰に連れて行っても、すぐに海の方に親を引っ張って行く。 海とパラソルの間を20分〜30分程行ったり来たりして 引き上げたのだが、 帰る時は体全体で抵抗するほど「海好きぶり」を発揮していた。
砂いっぱいの体をシャワーで洗い、汚れた服を着替えさっぱりとして、 ビーチのすぐ脇にあるカフェで休憩。 サラダとオレンジジュースを注文。 サラダは大皿いっぱいに、ゆで卵、ツナ、インゲン、ポテト、トマト、レタス、 オリーブ、きゅうり、ピクルスが盛られボリューム満点である。 海からの風が入って大変に心地よい。 衣もたっぷりと水分補給をし、お腹も満たし、ご機嫌である。
車に戻り、少し離れた所にあるローマ時代のアクアダクトを見に行く。 ビーチ沿いに、アーチ型の橋が延々と伸びている。 京都の疎水を思い出させるものがある。 ここで夕日を見ると最高だとアンジェリカが言っていたが、 確かに絶景だと思う。
確かに皆が言うように、カイザリアはお勧めである。 お陰で楽しい午後を過ごす事ができた。 イスラエルは、海沿いが私は気に入っている。 内地の方は、殺伐としてかつ荒涼とした風景が多く、 イスラエル初心者の私には馴染むのに時間がかかる。
午前中にアンジェリカより電話があり、午後に良かったら一緒に遊ぼうという誘い。 彼女との散歩の約束は、 ヘブライ語のレッスンのアレンジよりも遥かに難しいような気がし始めた。
午後にヘブライ語のハユタ先生に電話をし、新しい生徒のこと、子供達の印象について 聞いてみた。 生徒が増える事は、彼女は全く構わないらしい。 子供達についても、とてもお行儀が良く、静かで感心したと言われる。 まあ、これからいつも前回のように上手くいくとは限らないのだが、 なんといっても第一印象は大切だろう。
極めて友好的な電話ができたので、ルンルン気分(これって「死語」?)になる。 早速新しく参加するニュージーランド人のデビに電話をして、その旨を伝え、 その足でレッスンのプリントを渡しに彼女の家に行く。 前回のレッスンの説明をして、アレフベートの読み方を伝授する。 なんで初心者の私が、「教えて」いるのだろう? ご主人と2人の子供達も、興味津々といった顔で見物している。
夕方、3階の日本人の奥さんと電話でべらべらとおしゃべりをする。 誰の英語が分かり易く、誰の英語が分かり易いか、 誰のがなまっているかなどという話をする。 分からない時は開き直って、果てしなく聞き返し続けるしかない。 実際、今日もアンジェリカとの電話で、何度聞いても分からない事があって、 結局3回も彼女に説明させてしまった。
そうそう、彼女との散歩の約束は今日も流れた。 別に彼女がルーズなのではない。 むしろ、生真面目過ぎるので融通がつかなくなるのだ。 彼女とギッダの性格を足して2で割ると丁度良いのかもしれない。 いやいや、アンジェリカ1/3、 ギッダ2/3位の割合でないとバランスが取れないかもしれない。
今週も週末の買い物を夕方に済ませてしまう。 偶然、スーパーで3階の日本人家族と一緒になる。 皆で賑やかに買い物をする。 なんか、日本の西友ストアーとかで買い物をしている錯覚に陥る。 おかげで、今までその存在すら知らなかった、 さつま揚げのような物を教えてもらった。 かまぼこもあると言われて教えてもらいたかったのだが、 もうレジに並んでいたので、夫に止められてしまう。 ざーんねん!
昨日はニフティ―の調子が悪く、メールチェックなどができなかった為、 衣が昼寝をしたのを見計らって楽しみにパソコンに向かう。
2通未読とあるのだが、どちらも見慣れないアドレスで誰かと思えば、 大学時代のクラブの後輩達からである。 大学時代はオーケストラに入っていて、机に向かって勉強をしている時間よりも 譜面台に向かったり、クラブ仲間と「青春している」時間の方が 圧倒的に長かったような気がする。
私の暗い過去の暴露はこの位にして、彼女達のことを少し書こう。 彼女達は、私と同じビオラパートの1年下の団員だった。 1年下の彼女達は女の子4人グループで、 4人揃って可愛らしく、美人さんで、気立てが良く、細やかな心遣いができ、 そしてユーモアのセンスも持ち合わせた、気持ちの良い4人だった。 何もこのホームページ上で、彼女達のことを褒めちぎらなくても良いのでは… とも思うのだが、全て「事実」なのだから仕方がない。 先輩としては恐ろしくだらしがない私は、 在学中も卒業後も彼女達に大変にお世話になった。
その彼女達からのメールだったので、気分は一気に学生時代に飛んで行ってしまう。 このように、独身時代に交わっていた人達とメール上で再会するということは、 今の私の楽しみの一つである。 これが、手紙のやりとりとなると、今までのご無沙汰をお互いに長々と謝罪して、 近況報告も形式に乗っ取ってきっちりと書かねばならないが、 メールという手段は大変に合理的で良いと思う。 自他共に認める「手紙魔」の私も、すっかり手紙を書かなくなってしまった。 従って、相当ご無沙汰をしてしまっている知人が幾人もいるのは事実である。 「メールは便利だわー」と浮かれていないで、 少し落ち着いて手紙も書かねばならない。
夕方は夫を迎えに行き、3人で散歩がてらヘルツェル通りに行った。 裏道に入ると、映画館がある。 夫が偵察に行くと、午前中と夜のみの上映で、昼間の上映はないらしい。 この映画館では、日本の映画も時々観る事ができるという噂を聞いた。 衣がいるので、しばらくは映画館とは無縁の生活なのだが…。
そうそう、夕方5時頃に夕食の仕度をしようと水道の蛇口を捻ると、 ナント水が出ないではないかー! エー、断水のお知らせってあったかしら? と慌てて外の掲示板を見に行くが、特に張り紙は見当たらない。
…ということは…。
一瞬、先日読んだ筒井康隆の短編小説「九月の渇水」が頭をよぎる。 とてつもなく嫌な気分になる。 3階の日本人の奥さんに電話をして、彼女の所も断水か確かめる。 やはりそうらしい。 原因追求の為と、既に誰かが何処かに連絡したのかを確かめるために、 片っ端から知り合いに電話をかけるが、生憎、みんな留守中か話中。 最後に3階のフランス人エバがつかまり、彼女の情報では研究所と宿舎が いっぺんに断水しているらしく、復旧作業はしているはずだが、 いつ水が出るようになるかは全く分からないらしい。 夏の夕方に、子供のいる家での断水はけっこう泣けるものがある。
今仕入れたばかりの情報を、3階の日本人の奥さんに伝えている間に、 茶色い水が蛇口から噴出してきた。 めでたし、めでたし。 やれやれ、色々なことがあるものだ。 定番の感想で面白くないだろうが、 現代の日本という国は、 なんて安定していて暮しやすいのだろうと思わずにはいられない。
いつもより幾分(本当は、かなり)早く起きて、 ヘブライ語のレッスンの為に準備をする。 といっても、家族3人が朝食を済ませる事と、掃除だけなのだが。
8時半にハユタ先生が到着。 続いて、ギッダの夫妻がクララちゃんとやって来る。 いきなり玄関口で、ヘブライ語による自己紹介の練習が始まり、 ギッダは目を白黒(うーん、正確には西洋人だから「白黒」ではないなー) させている。 こっそり、「こーいうことをするのには朝早すぎるー。」 とこぼしに来た。 何時に起きたかと問えば、「8時10分。そしてクララをたたき起こしてきた。」 ですって。 さすが、寝坊派の彼らだけある。
次々に生徒達が集まって、いよいよ待望のレッスン開始である。 心配した子供達は、思ったよりも静かで安心する。 やはり早朝に設定したのは正解だった。(勿論、今回に限っての話だが…。) ハユタ先生は、教えようという気持ちが溢れ出てくる感じで、 我々もしどろもどろながら必死である。 まずは、とにかくアルファベット(アレフベート)を覚えない事にはお話にならない。 日本にいる時、見事に3日坊主になった夫とのヘブライ語の独学では、 活字体しかやらなかったので、筆記体は初めての経験である。 (午後に衣が昼寝をしている間に復習をしたら、筆記体の便利さが良く分かった。 当たり前の話だが、活字体に比べてはるかに書きやすいのだ。)
丁度1時間が過ぎた頃から、少しづつ子供達が活発になってくる。 1時間半のレッスンは丁度良い長さだと思う。 きっちり10時に終了ということになり、それぞれさっさと帰って行く。
はぁ〜、ようやく実現した! 多分、皆悪くはないと思っただろう。 別に誰がどう思おうと私には関係なく、私がいちいち心配することでは ないのだが、やはり「旗振り役」としては気になるところである。
午後は、おととい・昨日に続き、 3階のフランス人エバの娘のマリナちゃんの面倒を見る。 衣は、彼女が自分より小さい子供であると言う事が分かっているのか、 明らかに、もう少し大きいクララちゃんに対するのとは違う態度で接している。 今日もおもちゃを差し出したり、マリナちゃんが「あー」と言って手を伸ばした 方にある手押し車の所にとことこと行って、「どーぞー」と言っている。 「なるほど、マリナちゃん、手押し車が欲しかったの?」と近付けてあげると、 マリナちゃん、満足げに遊び始める。 うーん、子供同士のコミュニケーションって面白いなー。 思わず感心してしまう。
夕方は慣例の奥様集会に出席する。 話をしているうちに、ニュージーランドから来ているデビも、 ヘブライ語のレッスンに参加したいということになる。
彼女、良い人なので参加してもらうのは勿論大歓迎なのだが、 「又、ハユタ先生に交渉かー。」と、心の中ではため息。 しかし、実際に口から出たセリフは、 「良いわよー。どうせ先生に今日のレッスンで子供達の事をどう思ったか 聞く為に電話するつもりだったから!」(勿論、表情は終始ニコニコ) なんて、優等生的なセリフ。 そして家に帰って、やらなくてはいけないと諦めているくせに、 「面倒くさーい面倒くさーい」の連発…。 八方美人な妻の愚痴を聞かされるのは、勿論、カワイソウナ夫である。
昼間突然に、例の「幻のヘブライ語レッスン」の先生から電話がある。 2週間前に入院したお父さんも、どうやら無事に退院され、少し落ち着いたので レッスンができるということらしい。
夕方にプリントをとりに先生の家に行く。 ご主人を6年前に癌で亡くされ、 今は研究所の小さな門の脇のマンションに1人で暮している。 夫と衣も一緒にお邪魔し、詳しくプリントの説明をしてもらう。 結局、6時から7時15分くらいまでみっちりと説明をして下さり、 その足でプリントをコピーしに行く。 なんと、明朝から早速レッスンを開始してもらえるという話になる。
急いで帰宅し、明日の都合を各家を廻って聞き、プリントを配る。 皆、一応オーケーということで、 いよいよ明朝8時半からレッスン開始ということになる。
さあ、果たしてどうなることやら…。 上手くスタートできるか気になり、興奮してなかなか眠れそうにもない。
夫がテルアビブに行く日。
テルアビブの楽器屋にレンタルのビオラがあったら 今日一緒に行って借りてきてしまおうと思い、 アンジェリカが教えてくれた2件の店に朝一番の電話をするが、 残念ながら2つの店ともビオラはなかった。 (1つの店はドラムセットしか扱っていなかった。 こちらはむしろ夫が興味を示す分野だ。 それで「ルネッサンス」という店名はなんだかちぐはぐなような気がするが、 まあいいか。)
3階のフランス人エバから電話があり、午後に上の子を幼稚園に迎えに行く間、 下の子を預かってくれないかというお願いだ。 勿論構わない。 3時半にエバが、1歳になったばかりのマリナちゃんを連れてやって来る。 目がくりくりとしてお母さん似の可愛い女の子である。 しばらくしてお母さんが居なくなっても泣かないで良い子にしていた。
面白かったのは、衣の反応である。 エバがいる間は、私の所でキーキー言っていたのに、エバがいなくなったとたんに、 マリナちゃんの所にかけよって、体をくの字にしてマリナちゃんの顔を満面の笑みで 覗き込むのだ。 そして、マリナちゃんの真正面にどかっと座り手を伸ばすので、 てっきり突き飛ばすのかと思って注意して見ていたら、なんと、 「かわいいー、かわいい―。」 とマリナちゃんのお腹をなでているのだ! びっくりしてしまった。 彼女、意外と優しいところもあるのねー。 そして、しきりに絵本やおもちゃを持ってきて、「どーぞー」と渡す。 一応、彼女なりの「おもてなし」をしているようで可笑しかった。
ものの20分程でエバとジェレミ君が帰って来る。 エバは、炎天下歩いてきたのでヒーフー言っている。 差し出したコップの水を一気に飲み干して、 ジェレミ君が残した分もごくごくと飲んでいた。 彼女は子供達を連れて、今週の日曜日にフランスに帰国する。 そのため毎日荷造りで忙しいらしい。 引越しは専門の業者に頼んだらしく、金曜日の午前中には荷物が運び出される 予定だと言っていた。
夕方、一緒に研究所に散歩に行こうと約束をして帰って行く。
5時にエバが子供達を連れてやって来る。 一緒に研究所の物理の建物の前の広い芝生で遊ぶ。 彼女もPh.Dの論文を書いている一人と聞いていたので、その話をしてもらう。 彼女の専門はフランス文学。 その後はどうするのかと聞くと、フランスでは学校でフランス文学を教えていたのだが、学位を取って大学で教えたいそうだ。
そのあと色々な話をしたのだが、彼女の所は夫婦でユダヤ人なので、 今まで興味があってもなかなか聞けなかったユダヤ教の事を 少し聞く事ができた。 例えば、ユダヤ教の食事の制限については豚肉だけに限らず、 フランスでは良く食べる、ウサギや馬肉も食べられないそうだ。 魚については、本に書いてある通り、うろこのない魚と背骨がない 物は駄目ということで、うなぎ、サメ、かに、たこ、イカ、貝類、 はいっさい食べられない。 又、水中の哺乳類、つまり鯨やイルカも駄目。
乳製品と肉は一緒に食べてはいけない。 従って使う食器も別々、食器洗いも別々だそうだ。 ということで、彼女はフランスから大量の荷物を送ったそうである。 (食器一つをとっても2倍必要)
これらの事は、勿論以前から本で読んで知識はあったが、 実際に本人から話を聞くと、一気に現実的になる。 もっと色々聞きたいが、もうすぐ帰国してしまうー! 残念、残念。
衣のお母さんも、今日で32歳になった。 まさか、32歳の誕生日をイスラエルで迎えるとは思わなかった。
日本の実家より、誕生日祝いの国際電話がかかってきた。 弟、母に続いて、アルツハイマー病を患っている父も電話口に出てきた。 「1、2、3でピアノね!。」と、日本時間では夜中の2時なのだが、 はつらつとした声で話している。 張りのある父の声とは対照的に、 眠気の虜となっている母が眠たそうな声で、 失語症の父の話す独特な言葉を訳してくれた。 「今、午前2時なんだけど、 3時になったらピアノの合奏に出かけたいと言っているのよー。 困ったワー。」
元気な頃から大好きだった音楽が、発病後の父の「仕事」「心の薬」 「言葉」となっているようである。 父の場合は、いわゆる「徘徊」が、 バイオリンを弾く母との出張演奏なのである。 その父の欲求を満たすために、とことん付き合いながら、 世に言う「在宅看護」をしている母の寛容さとエネルギーには 身内ながら感心する。
こちらでは、同じ位の年齢のお母さんが多いので、 お互いの親の話をすることがある。 親に対する思いや、 親の将来に対する不安などは万国共通の娘達の心の内のようである。
衣が32歳を迎える頃は、我々夫婦はどのようになっているのだろうと、 ふと思った。 その頃は衣も「親業」をしているのかしら?
今週も木曜日の夕方に買い物を済ませてしまったので、 金曜日は気分的に楽だ。 ということで、夫の散髪を第一目的にヘルツェル通りに買い物に出掛けた。
夫の行き付けの散髪屋は、ヘルツェル通り沿いのス―パーソルという、 何処の町にもある大手のスーパーマーケットのお向かいの小さな店で、 通りに面したガラスにはロシア語の文字が並ぶ。 つまり、ロシア人が経営している店なのだ。 ということで、「ショート」とか「ノット トゥー ショート」 位は通じるらしいが、細かい指示は諦めた方が良いらしい。
店の前で夫と「じゃあ、10分後にここで会おう。」と約束をして、 衣と時間をつぶす。 数件先のスポーツ用品店でバドミントンセットの下調べを済ませ、 5分後に店に戻る。 話の種にと、衣と店の中で待つ事にする。
狭い店内には散髪用の椅子が2つ置かれ、 シャンプー台は1つだけである。 ラジオからアラブっぽい音楽が流れてくる程度で、 いわゆる「意味の無い散髪屋の会話」は皆無である。 2人の散髪屋は黙々と仕事を進める。 シャキシャキとはさみの音が心地よく聞こえてくる。 その手際の良さと、無駄のない仕事振りに感心しているうちに 何もつけずにかみそりで揉み上げを剃り、 首の回りに巻いた「トイレットペーパー(!)」 を無造作に床に捨て、ブラシでさっさと軽く首回りを撫ぜ、 はい、おしまい。 店に入ってから、支払いを済ませて外に出るまで、 ものの12分間の出来事である。 しかも、仕上がりは上々である。
さっきのスポーツ用品店でバドミントンセットを購入。 道を横断し、豚肉を売っている珍しい店に行ってみる。 豚肉を始め、鶏肉、牛肉、各種ハム、ソーセージ、サラミ、冷凍の魚、 シーフードミックス、加えて珍しい食品類(春雨、そうめん、きしめん、 カレーペースト、ワイン、みりん、米酢などなど)が並んでいる。 今日は初めて豚肉を少々、イギリス製のびん詰めカレーペースト、 春雨を購入、これで中華サラダでも作ってみよう。
その後、夫とお揃いの寝巻き代わりの安物タンパンと、私の インドの綿の巻きスカートを買う。 冷房の効いた店内のベンチで、 持参のペットボトルの水とバナナ、パンで小休憩をとる。 隣では、警備のおじさんがやはり、パンとトマトで昼食中。
少々暑い買い物だったが、以前より欲しかった物を入手できて 満足満足。
夕方は、今日買ったバドミントンセットと衣の鞠を持って研究所へ散歩。 早速バドミントンをするが、 夫の打ったシャトルが消えた「様に見えた」。 「すごーい、スーパーショットだー。」 と思ったら、なんとシャトルがラケットの網に突き刺さっているのだ。 なるほど安物だけある。 3回に1度は、ラケットにシャトルが突き刺さってしまうのだ。 こんな製品は見た事が無い。 シャトルに少し手を加えなければならないようだ。
すっかり興ざめしてしまい、以前も行ったワイツマンの墓にもう一度 行ってみる。 ワイツマンの住居は今も尚、修復工事中で中を見学することはできない。 庭から見る限り、新しく真っ白にペンキを塗り、きれいに 化粧直しをしている最中といった感じだ。
大人も衣もお腹が空いてきたので帰宅して、今日買ったカレーペーストを 使ったチキンカレーを夕食に食べる。 なかなかスパイシーで美味しかった。 勿論、衣はカレーはまだまだオアズケヨ。
今日は昼間の一番暑い時間帯に、突然予告無しの停電があった。 1時半位に突然、扇風機がひゅるひゅるひゅる〜と力なく止まってしまう。 衣を寝かせ、居間のソファーで仰向けになって「シリア縦断紀行」を読んでいた のだが、最初はさほど気にせずにほっておいた。 数分おきについたり消えたりするのを仰向けになったまま眺めていたら、 ついに完璧に停電してしまった。 そのまま、読書を続け、少しうとうとして3時近くになってもまだ停電。 衣が意外と機嫌が良いので、気分的にも余裕がありそのまま過ごす。
しかし、4時近くなり段々気になり始める。 まさか、我が家だけということはないだろうか。 3階や2階の住民は日干しになっているのではないか。 明日から週末なので修理に来てもらうなら今しかない。 誰かゲウラに連絡をしたのだろうか。 などなど色々と気になる。
まず、3階の日本人の奥さんに電話をしてみると、やはり彼女の所も停電をしている らしい。 3階は暑いだろうから、良かったらこちらにどうぞと言うが、どうやら子供達が のびているらしい。 子供にシャワーを浴びさせ素っ裸で過ごしているそうだ。
次に2階のギッダに電話する。 普段から低い声だが今日は一段と低い声で、結構不機嫌そうに出てくる。 「停電してない?」 と聞くと、 「そーなのよー!」 と、いきなり声が裏返って、まくしたてる。 彼女がこんなに高い声で、しかもこんなに情熱的に話すのを初めて聞いた。 「1階の方が幾分涼しいかもしれないから良かったらど―ぞ。」 と言うと、彼女ここを脱出して、 研究所内のレクリエーションセンターに行くところらしい。 「ゲウラに連絡した方が良いかなー。」 と言うと、「しておいてー。」 「うん、分かった。」ということになった。
早速ゲウラに連絡するが、やはり繋がらない。 仕方なくエドナにでも知らせておこうと、彼女の電話番号を探していると… ひゅるひゅるひゅる〜と扇風機が回り出した。 衣も嬉しそうに扇風機を見ている。 嬉しくて2人で大笑いをした。
エアコンのなかった去年の猛暑を、皆どうやって過ごしたのだろう?
今日は夫の35歳の誕生日なので、衣と一緒にカードを書いた。 衣は鉛筆で抽象画を描いた。 夜、夫に渡すと嬉しそうにしていた。 そのうちに、衣が自分で文章などを書くようになったら、 お父さんは嬉し涙流してしまうのだろうな―。
お出かけということが分かると、衣はまず、 エアコンや扇風機を消しなさいと指差す。 そして嬉しそうに玄関に走って(よたよたと)いき、 自分の靴を持って来て、履かせてくれと床に座り、 靴をそれぞれの足に「くっつける」。 靴が履けると日焼け止めクリームをどこからか目ざとく見つけてきて、 私に渡す。 クリームを塗ってやると、今度は壁にかかっている帽子を早く取ってくれと せがむ。 衣に被せてやったとたんに今度は、私にも帽子を被れとうるさい。
私がもたもたしていると、私の靴を持ってきて早く履けとお節介をやく。 そして、ドアをこんこんたたいて、背伸びをして鍵穴にかかった鍵をいじる。 ごみを出す日には私が玄関の鍵をかけているうちから、ごみを忘れない様にと うるさい。
ようやく家を出ると、まず家の前の通路に貼ってある張り紙を見上げて何やら しきりにもごもご言う。 そして、階段を大股で昇る。 階段をあがった所にある郵便受けや掲示板、 宿舎内の地図のある壁は彼女のお気に入りの場所である。 まずは掲示板を見上げて指をさしながらひとしきり話す。 そして郵便受けを眺めて、庭に通じる階段の最上段に腰掛けて一人前に 身振り手振りを交えて何やら話し込む。 私が脇の木にいる蜂などに気を取られていると、「ちょっと聞いてるのお母さん!」 と言わんばかりに私の顔を覗き込む。
階段でのお話が済むと、庭に出てバラの花壇に直行する。 両脇に咲いている赤と白のバラの花をいちいち指差して、 ここでもぶつぶつ…。 道につながる出口脇の大木にはカラスがいることが多く、「カーカー」 と鳴いていると、必ず小さな声で「カーカー」と言って指をさす。
道に出ると、駐車場のポールをトントンしてごみ箱の脇では、ごみを捨てる様に 指示し、階段を昇り、見事なハイビスカスの木の前で真っ赤なハイビスカスを 指差し、又一言。
宿舎に戻り、通路の一番端の家の前でゆっくりと過ごす。 この家の住民は植物を育てるのが趣味の様で、通路の両脇に沢山きれいな花や 観葉植物の鉢が置かれている。 衣は通路の真中にどっかりと座り込み、植物を目の前にして定番の植物談議を始める。 白い花を指差し「ぶつぶつ」、赤いサルビアを指差し「あーあー」、そうかと思えば 天井からぶら下がったポトスの鉢を指差し「ねー」…。
こんな調子で最近の衣との散歩は、毎日決まったコースを、 2人で賑やかにお喋りをしながらというパターンになっている。 どうですか、楽しそうでしょう!
今日は朝から雨だ! と思ったら夢だった。 しかし、その夢もまったく「はずれ」というわけではなく、今日は 朝から空一面が灰色の雲に覆われていた。 そして、なんとも湿度が高く、蒸し暑い一日であった。 まるで、日本の盆踊りの季節といった感じである。
友人からメールが来て、彼女も鶴田真由が好きだと書いてきて、 「声が良いよね―」と2人で盛り上がってしまう。 (メール上での話) 彼女から芸能ネタの追加情報を教えてもらう。
さて、今日は初めての来客があった。 先日も日記に書いた、エルサレムのヘブライ大学に 1年間の予定で滞在している日本人女性が、 今日もワイツマン研究所に仕事に来て、帰りに食事をしに我が家に 寄って下さった。
彼女はイスラエルがかなり気に入っているそうで、 女身一つでたくましく、そして充実した研究生活を送っているようだ。 私はまだ、女性の研究者という存在を余り知らないのだが、 彼女はさっぱりとしていて気持ちの良い人物である。 子供が好きだと言って、衣にしきりに話し掛けてくれるのだが、肝心の 衣は何時ものように慣れるまで時間がかかり、結局彼女が帰る 少し前にようやく心を開き始めた。
家庭の味をと思い、たまねぎとワカメの味噌汁、ご飯、茹で鶏、たたききゅうり、 鶏肉・人参・ジャガイモ・干し椎茸・グリンピースの煮物、 だし巻き玉子という献立にした。煮物はこんな中身でも意外とそれらしくなった。 味噌汁は味噌を気前良く入れすぎて少々からかった。 西日本出身の彼女には、濃い味過ぎたことだろう。 失敗、失敗。
レホボトを8時に出発する最終のバスに乗るために、7時半にタクシーで帰って行った。 タクシーの中から手を振りながら1人で帰っていく彼女を見送りながら、 彼女の代わりになぜか、私が少しだけ心細いような感傷的な気分になった。
そうそう、今日はこの日記を毎日楽しみに読んで下さっているという新潟の方から、 夫の所にメールが届いた。 2人で思わず「嬉しい―ねー」とえびす顔になってしまった。 さーて、又、張りきって書きましょう! 我々はかなり単純な夫婦である。
朝10時頃、今日はギッダの所にでも遊びに行こうと思い、 電話をかけようとしたまさにその瞬間、玄関のベルが鳴る。 やはり、ギッダとクララだった。 「今、電話をしようと思ったのよ!」 と言って招き入れたら、「タッチの差ということね。」 (むろんそんな言い方をした訳ではないが)と言いながら入ってきた。 彼女は大雑把なようで、意外と細やかなところもあり、 「私はいつも、電話せずに突然来ちゃってごめんなさいね。」 と謝っていた。
しばらくすると、筋金入りの「細やかさん」アンジェリカから電話がある。 「昨日はごめんなさい。知人の息子さんの割礼式に招待されたのよ。」 と言って、昨日の貴重な体験を話してくれた。 「金曜日の誕生日会も来なかったから、又、 具合でも悪いのかと思って心配していたのよ。」 と言うと、確かに具合は良くはないらしく、最近午前中に限ってお腹が痛いそうである。医者には行ったのかと尋ねると、症状がはっきりとしないので、 多分、医者も判断できないと思うので行かないと言っていた。
3度目の正直ということで、今日の5時半に新たに散歩の約束をして 電話を切る。 ところが、午後になって又彼女から電話があり、 「だめになったの?」 とこちらから聞くと、当たりである。 「あなたの言ったように医者に行く事にしたから。」 というのが今回の理由。 どうやら、午前中の電話で話した後に、更に具合が悪くなって もどしてしまったらしい。 「まさか妊娠じゃないよねー。」 と2人で笑いながら、散歩は又いつかということにする。
さて、ギッダとのお喋りは相変わらず楽しい。 ピアノを恋しがっている彼女は、ついに電子ピアノを買う事を 本気に考え始めたようだ。 昨日早速、隣の隣の町リッション・レチオンの楽器屋で相場を調べてきたそうだ。 ご主人の弟さんがピアノが上手で、 ギッダ達は結婚式の時に、デンマークの伝統的な結婚式のダンスを、 彼のピアノ伴奏で踊ったという話をしてくれた。 いつものように、家族の話をする時の彼女は嬉しそうだ。
この週末には知人に招かれ、ビーチでバーベキューをしたそうだが、 アシュドットの南のニッツァニムというビーチ(彼女も確かではないのだが) で楽しんだ様だ。 夕方5時頃からだったので、日差しも強くなく波も穏やかで心地よかったらしい。 ただ、くらげがいたと言っていた。 くらげかー。 「くらげの存在なんて、あなたの話を聞くまですっかりと忘れていたわー。」と 言ったら、「そーよねー。」と相槌を打ってくれた。 以前、湘南の江ノ島水族館で、くらげを見た事を思い出した。 円筒形の水槽に、ミズクラゲがふわふわと泳いでいて、楽しい光景だった。
衣とクララちゃんは、お互いの足の裏なんかを触って喜んでいる。 この2人は、結構良い感じで遊んでいる。 クララちゃんが良い子なのでしょう。
夕方にアンジェリカと一緒に散歩をする約束をしていたのだが、朝、留守電が入っていて「都合が悪くなったので今日は行かれない。」とのことだ。 がっくり。
午前中に3階の日本人の奥さんに遊びに来てもらおうと張り切っていたのだが、 これも断られてしまう。 夏休みに入った小学1年生の長男の勉強をみるのに忙しいらしい。 がっくり、がっくり。
今日は振られっぱなしだ。
仕方がないので、インターネットで「芸能ニュース」 を覗いてみる。 日本にいた頃は、いわゆる暇な奥様だったので(今も変わらないが)、 テレビの芸能ネタには通じていたのだが、こちらに来てまで芸能界の情報が 即時入手できるとは夢にも思っていなかった。
今日の一番の収穫は、「堤真一、鈴木京香との熱愛認める!」という記事である。 鈴木京香はもともと嫌いではない女優で、どちらかと言うと「好き」に近いのだが、 問題は、堤真一である。 ミーハーな私は、若い男優では彼、若い女優では鶴田真由がお気に入りなのだ。 というのには、余りにも彼のことを知らなさ過ぎるのだが、彼を初めて認識したのは 和久井映美が主演したテレビドラマ「ピュア」においてである。
彼の役どころは、精神障害を持ちながら美術に関しては、ずば抜けた才能を持つ 女性(和久井映美)を取材する硬派の新聞記者という設定だったのだが、 毎回ドラマを見ながら、彼の演技力の素晴らしさにびっくりしたのだ。 彼のセリフは極端に少なく、アクションも大げさではないのだが、 なぜか、感情が非常に良く表現されているということに気が付いた。 どうしてかなーと思いながら見ていたら、彼は「目」で演技をしているではないか! そして、この人はただのアイドル俳優なのではなくて、多分舞台俳優なのではないかなーと思い始めた。 まだ良くは分からないのだが、私の勘はまんざらでもなさそうだ。
ついついミーハ―な話題になってしまった。 さて、少し真面目な話でもしよう。
今日から読み始める本を決めた。 「シリア縦断紀行」G.L.ベル著、田隅恒生訳、平凡社、である。 実はこの本は親友の父上が訳された本で、 以前に父上ご自身から謹呈された本なのである。 頂いた当初は、難しそうな内容に少し尻込みをしてしまい、 気にはなりながらも、忙しさを理由になかなか手に取ることがなかった。 出発前に荷造りをしながら、イスラエルに行けば読む機会もあるかなと思い、 ダンボール箱に詰めた本である。
案の定、こちらに来てみると、シリアがぐっと身近に感じられるようになり、 エルサレムから帰った昨晩、思わずこの本に手が伸びた。 シリアが舞台なのだが、イスラエルの地も多少出てきて大変に興味深い。 驚く事は、土地の文学や歴史に通じる著者の博学ぶりなのだが、同時に、 それを訳することのできる訳者の知識の広さと深さである。 私の知る限り、彼は商社で働かれ、そちらの方面が専門ではないと思うのだが…。 そのような人から見たら、このイスラエルの地に住んでいながら、 日本の芸能ニュースなんかを見て喜んでいるなんて、ナンセンスに映るだろうな―。 もう少し真面目に生活をしなくては…。
レンタカーで2度目のエルサレムに挑戦する。 今回は殆ど迷うことなく、あっという間の1時間程で到着してしまった。
今日の目的地は新市街のイスラエル博物館である。 ここは、宿舎の何人かが最近たてつづけに訪れ、評判が良かった所である。 水曜日から新しい首相に更迭され、何かと話題のクネセット(国会)のすぐそば に位置する。 土曜日は安息日なので、ユダヤ教の規律では入場チケットの売買が禁止されているので、博物館の入場券売り場は閉まっているのだが、入り口の脇にバンが停まっていて、 そこで代わりに入場券が売られている。 うまく考えたわけだ。
チケットのことや、博物館内のレストランや売店が全て閉まっているという 情報をあらかじめ聞いていたので、パンや水、バナナなどの 食料品をしこたま持参していくことができて助かった。
館内は大きな公園のようになっていて、その中に幾つかの建物がたっている。 一番の目玉は、たまねぎ型のドームのような形をしている「死海写本館」 である。 白いドームの屋根には絶えず水がかかっていて、 水浴びしているたまねぎという風である。 白いドーム、白い石畳に反射する眩しい日光に目を細めながら 館内に入ると、照明が極端に暗く洞窟の様で、 寒いくらい冷房がびんびんに効いている。 その明暗と寒暖の差に驚く。
ゆるやかな階段になっている廊下のような展示室を奥に進んで行くと、 ドームの真下になる。 中心に、ベドウィンの少年が死海の洞窟の中で発見したという 写本の巻物がぐるりと展示されている。 勿論書いてある事はさっぱり分からないのだが、文字の精密さと鮮明さに 大きな驚きを覚える。 観光書によると、内容は旧約聖書のイザヤ書と詩編などの聖典らしいのだが、 それが書かれたのが、なんと紀元前2〜3世紀というではないか! 極めてありがちではあるが、古代の「物」に出会う驚き、 気が遠くなるような昔の「文字」を目の当たりにする不思議、 そして聖書の歴史の古さと普遍性を感じた。
写本館を後にしてぎらぎらの日差しの中を本館へと向かう。
本館には、西洋の美術品、イスラエルの美術品、ユダヤ教関係の品々、 おびただしい数の考古学関係の出土品、などが展示されている。 今日は、じっくり見学するというよりは全体を把握するという目的で ざっと見て廻った。 中でも面白かったのは、やはりユダヤ教関係のコーナーである。 シナゴーグの内装が幾つか再現されていて、 それがもともと建っていた国によって、内装の趣味も大分異なり 興味深い。 シナゴーグを見学するのは初めてなので、印象的である。 偶像崇拝を戒めるユダヤ教なので、内部は極端にさっぱりとしている ものと思っていたが、それなりに美しく飾られ、 天井には装飾なども施されていて意外に感じるのと同時に、なぜかほっとした。
他には、ガザ(違ったかな?)で出土したというモザイクのタイル画で、 ダビデが竪琴を奏でる図があったのだが、 そのダビデがかわいい表情をしていたのが可笑しかった。 こうして、色々な時代の色々な文化の落し物を並べてみると、 ローマ人の作る物は、かなり洗練されているなーと改めて感心した。
イスラエル博物館は大当たりである。 夫も気に入った様で、又行きたいねと話ながら早めに帰宅した。 今度は売店の開いている時に行って、図録を入手したいと思う。 衣がいると、どうしてもゆっくりと説明まで読んでいる暇がないのと、 説明の文字が小さくて細くて、壁にへばりつかないと読めないのである。
4時から3階のフランス人エバの家に、子供達の誕生日会に呼ばれる。 彼女の所には、1歳になる女の子マリナちゃん、 3歳になる男の子ジェレミ君の2人の子供がいる。 4時から6時までの2時間の間に、9組くらいの子供連れが集まる。 途中、ろうそくを灯した誕生日ケーキも登場して誕生日会らしくなる。
1歳前後の子供達と3歳〜4歳の子供達が多いので、小さい子達はそれぞれの 世界で遊び、大きい子達は元気良く一緒に遊んだり、 喧嘩したりの大騒ぎである。
大人達は、その喧騒の中でおしゃべりをする。 デンマーク人のギッダも来ていたので、しばし喋る。 彼女は2年半前からピアノを始めたそうで、こちらでピアノを借りようかと ご主人と話しているそうである。 毎週末、彼女達は遠出をしているので、身重でこの暑さの中で 大丈夫かと心配していると話したら、今週末は大きな計画はないと笑っていた。 「良かった、安心した。」と言って、彼女の肩をぺちぺちと叩いたら、 けっこう肉付きが良くて驚いた。
何遍も書いてしつこいが、彼女の英語は分かりやすく、話し方もゆったりと しているので、私にとっては非常に話しやすい。 人によって色々な英語を話すが、私が苦手とする英語は、 アメリカ人が話す、 あのスピードに乗ってどこまでも転がっていくような英語である。 あの英語が耳に入ってくると、瞬間的に英語が「言語」としてではなく、 ただの「音声」として私の耳にインプットされてしまうので、 たちまち理解不可能となってしまうのだ。 ニュースですら、その現象が起こる。 あれが聞き取れるようになったら、さぞかし耳に入る情報量が増えることだろう。
朝早く7時半頃から家のすぐ前で溝を掘って工事をしている。 機械を使わないのでまだましだが、結構大きな音がする。 灌漑用のパイプを埋める工事らしい。
夕方、夫が帰宅してからバスセンターにタクシーで行き、 週末の買い物をする。 配達が8時までと聞いていたので、急いで買い物を済ませレジに並んだが、 8時2分過ぎ位で、今日の配達はおしまーいと言われてしまう。 変なところで律儀だなー。 仕方がないのでパンや牛乳、肉などは今日持って帰ることにして あとは明日配達してもらうことにした。 明朝、8時から10時までに配達されるそうだ。
3階の日本人の奥さんに頼まれた、安息日前にしか売っていない、 編みパンを買う。 彼女の家族用には白いパンを、我が家にはレーズン入りのパンを それぞれ1個づつ買う。 帰宅後、パンの代金を請求するためにレシートのそれらしき単語を 辞書をひきながら確かめてみる。 「甘い・編んだ」という単語からできている名称だ。 確かにその通りである。 甘くて、編んである柔らかいパンなのである。
9時頃、遅い夕食をしていると、明日にまわされたはずの配達が届く。 ラッキー!
今日は初めて衣と公園に行ってみた。 いつもは宿舎の庭で遊ぶのだが、今日は工事であちらこちらが 掘り返されていて、危ないので公園に行く事にした。 いつもなら夕方には幾人か遊びに出ているのだが、 今日に限って誰もいない。 仕方がないので衣と2人で遊ぶ。 衣は初めて滑り台を経験する。 とても気に入った様で、何度も滑ってみる。 これからはもっと頻繁に行ってみよう。
七夕。
日本では七夕の日に雨が降ったり、曇ったりで織姫と彦星の年に一度の再開が かなわない事が多いが、ここイスラエルで七夕をすれば 確実に毎年満天の星を仰ぐことができるだろう。 研究所の一角に、小さな池がありその水辺に竹が生えている所がある。 以前からその黄色を帯びた竹の群生を眺めながら、 七夕のことを考えていたが、早くもその七夕の当日になってしまった。 全く、日の経つのは早いものだ。
昨日来、はまっている「小説『聖書』」に、更に「はまる」。 かなりの飛ばし読みをした結果、夕食後に読み終える。 イエスの人間味がとても魅力的に描かれているのと同時に、 それぞれの弟子達の心の動き、動揺、弱さ、素朴さなども丹念に 語られ、この、登場人物の「人間らしさ」の記述が、一気に読ませる原動力と なった。
やはり、こうして少し聖書の世界に馴染むと、 エルサレム、ガリラヤ湖、ベツレヘム、ナザレなどの地が身近に感じられる ようになる。 信仰のない私ですら、その様に感じるのだから、 信者にとってここイスラエルは、 俗人の私には想像もできない程の憧れの地なのであろう。 ベツレヘムなどは、観光書によるとクリスマスの時期は整理券がないと 町に入ることすらできないそうである。
夕方、研究所内のサイエンスパークに行ってみる。 屋外の広々とした敷地に点々と、子供達が科学の基礎を、 身をもって体験できるような道具や装置が置いてある。 波の起こる原理を表した装置、水車、重り、巨大シャボン玉、重力を利用して 玉が落ちてくる装置、振り子、水が噴霧され虹を作る装置、 遠心力を利用した乗り物、石の楽器、ホースの電話などなど 大人も充分楽しめる空間だ。 研究所関係者は入場料無料。
衣も大喜びで沢山歩き回る。 砂場で砂いじりをしたり、小石を拾ったり、芝生の斜面を歓声をあげて 駆け下りたり、科学の勉強とは程遠い、 夫曰く「原始的な」遊び方だが、 彼女なりに大いに楽しんだ様子だ。 汗をかきながらギトギトに脂ぎった顔で、満足げに遊んでいる。 そうかと思えば、ペットボトルの水をグビグビ飲んで、 体にドバッとこぼしてニヒニヒ…。 まるで、スカートをはいた「ミニおやじ」だ。
午前中にモニカがお菓子のレシピを持ってきてくれるということなので、 楽しみにして待機していたが、待てども暮せどもやって来ない。 あれー、私が何か聞き間違えたのかなー、 と不安を覚え始めたのが11時過ぎ、12時過ぎには、 「きっと忘れているのだろう。」 「フ―ン、まあ、まだその程度の付き合いということか…。」 なんて勝手に納得していた。
またまた衣は11時から昼寝をしている。 その隙に昼食を食べたり、読書をする。 今日から例の「小説『聖書』新約編」を読み始めた。 きっと旧約の方が面白くて、新約は退屈するだろうなんて、勝手に 思い込んでいたが、しっかりと「はまって」しまった。 これはやはりかなり面白い本だと思う。
昨日までは、夫が船便に紛れ込ませていた、筒井康隆の短編集を 「気持ちワル―イ!」と言いながら結構楽しんで読んでいたのだが、 今日、本棚をなんとなく眺めていて突然、方向転換をしてみようと思い立った。 面白くて面白くてぐんぐん進む。 私のいけない癖で、とりあえず読みたい部分を拾って斜め読みをしてしまう。
この数日楽しんでいた筒井康隆を脇にやり、突然「小説『聖書』新約編」を 読みたくなったのは、 先日ギッダに「あなたが、どのくらいキリスト教について知っているか 分からないけれども…。」という前置きをしてエルサレムの観光の話を してくれたのが、実のところは心に引っかかっているのだと思う。
今日は奥様の集まりの日なので、夕食をあらかじめ作っておこうと、4時過ぎに 台所で鶏肉と格闘していると、モニカがやって来た。 今朝のことは謝っていたので、私の勘違いではなかったということになる。 きれいにワープロでレシピを打ってくれた。 ココナッツクッキーとりんごケーキである。 どちらも材料の計量が重さではなく、容積なので助かる。 以前からこういうレシピが欲しかったのよーと言うと、 まだ他にもあるから又、教えてあげると言われる。 早速挑戦してみよう!
夕方は、2週間ぶりの集まりに出かける。 今日は衣が機嫌が悪く、殆ど話に加わる事ができなかった。 まあ、もう殆ど顔見知りなので良いのだが。 隣に引っ越してきたロシア人のアンナさんと、少し話す。 2人の男の子のお母さんで、どっしりとしている。 今まで会ったロシア人の中でも、飛びきり英語が上手いと思う。 いやいや、よく考えてみたら他にも英語が堪能なロシア人には テルアビブで数人会っていた…。
中国人の円円ちゃんに、又、衣がどつかれた。 円円ちゃんは自分よりも小さい子供を見ると どつきたくなる時期なのか、次々に小さい子をどついて 倒していた。 衣も一応、どつかれて「えっ? なんで?」という表情をして、 じっと彼女を見て、しばらくして「えーん」とかなんとか泣いてみたりしていた。 ようやく衣も、世の中の厳しさに触れたのだ。
今日は誰も遊びに来なかった。 誰かの家に行こうかなとも思ったが、なんだかんだしているうちに 1日がたってしまう。
庭でドイツ人のモニカに会い、先日お菓子のレシピを教えて欲しい と言ったのを覚えていてくれて、明日の午前中に持ってきてくれる ことになった。 彼女はドイツ人の子供のベビーシッターをしている。 彼女自身には子供はいないのだが、良く面倒を見てくれると 評判が良い。 確かに、我々の年代よりも少し上らしい、落ち着いていて、 常識を持った女性である。
こちらに来て、デッサンを習っているそうで、その話を聞く。 貝殻や人物を描いているそうだ。 私も高校の時に美術を専攻したので、鉛筆でのデッサンは 頻繁にしていた覚えがある。 イスラエルに着いた当初は、 珍しい花が多いのでスケッチをしようかとも思っていたが、 ぐずぐずしているうちに夏になってしまい、 花たちはすっかり実になってしまった。
3階の日本人の奥さんから電話がかかってきて、日本語・ヘブライ語の辞書 を貸して欲しいとのことだ。 子供の成績表を解読したいらしい。 こちらでは、7月になったとたんに夏休みに入る。 子供達は、幼稚園で企画されているサマーキャンプに参加する。 キャンプといっても、泊りがけのいわゆる「キャンプ」ではなく、 夏休み中の特別保育である。 従って朝行って、お昼過ぎの1時半には帰って来る。
衣は2回昼寝をした上に、夜も8時半にさっさと寝てしまった。 衣が早くに寝てくれると、親の時間がゆっくりととれて嬉しい。 メールを書いたり、テレビを見たり、ラジオを聴いたり、 本をぱらぱらとしたりして過ごす。 ラジオは1日中クラシックをかけている局が、お気に入りである。 不思議なのは、結構同じ曲が頻繁に流れてくるのだ。 目立つのは、ベートーベンの交響曲第3番「エロイカ」である。 何故だろう。 単に、こちらの人の好みというのではなくて、 何か明らかな理由があるのだろうか。
夕方、夫に会うために研究所に行くと、門の所でザビーナに会う。 8月の中旬に帰国してしまうので、良かったら子供用の車のおもちゃを 使わないかと言われるので、ありがたくもらうことにする。 3階のフランス人エバからも、3週間後に帰国するので、おもちゃをどうぞ と言われている。 きっと、こうやっておもちゃがくるくると引き継がれて行くのだろう。 我が家が帰国する時は、誰に譲って行くことになるのかな…。
午前中掃除を済ませ、衣がうとうとしているのを良い事に 寝室でひっくり返って本を読んでいると玄関のブザーが鳴る。 誰かと思えば、ギッダとクララちゃんである。 今日はクララちゃんは初めて、おニューのサンダルを履いての お出ましだ。
衣もじきに起きて、最初はボーとしているがすぐにクララちゃんと遊び始める。 この2人は、結構仲良く遊ぶ。 前にも思ったのだが、この2人は行動が非常に良く似ていて、 観察していると面白い。 ギッダも同感してくれた。
さて、ギッダとはまたまた色々とおしゃべりをする。 今週末も結局エルサレムに行ったそうだ。 観光に良い所を教えてもらう。
「子育てって疲れるわよね―。」という話になり、 年齢の話をする。 なんと、彼女27歳だと! (思わず変な日本語になってしまった) 彼女の落ち着いた物腰、たらーんとした話し方なんかから勝手に 私と同い年位だと思い込んでいたので、27歳と聞いた時、 思わず絶句してしまい、気の効いた応答が思いつかず、 「若いのねー。」なんて、変なことを言ってしまった。 あのたまねぎみたいな髪型がいけないのかなー。 前に一度、髪を降ろして後ろに1箇所だけ止めていた時は、 結構可愛いなと思ったっけ…。
それから、彼女の家族の話になる。 彼女は家族の話をする時は、いつもとても嬉しそうなのだ。 家族の殆どが教師ということである。 それも皆、理系。 ご主人の家族は、ご主人だけを抜かしてコレマタ皆、 医者という家系らしい。
ギッダはやはり、なんかのんびりとしていて付き合いやすい。 又、遊ぼうねーと、12時前に帰って行った。
午後、庭に出ると、2階のブラッハが2人の子供と芝生でかけっこをしている。 「ちょっと走っただけで息が切れる。」 なんて、大きなお腹をさすりながら言うので、 「ちょっとぉ、妊婦でしょう!」 と、たしなめておいた。 彼女は来週の日曜日に、いよいよ出産の為に帰国である。 カナダのモントリオールまでは、1人で2人の子供を連れての旅となる。 10時間の空の旅だ。
10月にはお兄さんの結婚式もあり、 彼女の家族にとってはおめでたい事が続く。 おじいちゃん、おばあちゃんは下の女の子マルカちゃんに会うのは、 ほんの赤ちゃんの時以来なので、 大きくなってびっくりするだろうと言っていた。 マルカちゃんは週末に会った時に、それまでにこにこしていたのに、 衣が近付いたら急に泣き出してしまった。 今日は、衣が近付いて行ったら、「だーめ!」 と怖い顔をしてストップをかける。 ブラッハ曰く、彼女は結構気が強いらしい。 お兄ちゃんを泣かす程の根性を持っているそうだ。 外では静かな子なのにねー。
夫は1日中、熱中して仕事をする。
夕方になってからタクシーで、南のビロセンターというショッピングセンターに 行く。 ここは何度か行った事があるが、タクシーで行くのは初めてである。 私のティーシャツを買い、衣の為にカスタネットを買い、少し本屋に寄る。 週末に3階のフランス人エバの所に、誕生会に呼ばれているので絵本を買う。
最後にテイクアウトの中華料理と買う。 ここで日本人の男性が働いているという情報をつかんだので、 日本人らしき人物に話しかける。 彼はこちらの女性と結婚して、日本で一緒に暮らし、数年前にこちらに移ってきた そうだ。 この店では彼が厨房を任され、毎日休む暇なく働いているそうである。 大阪の出身ということで、久しぶりに関西弁を聞いてほっとした。
ところで、この中華料理がもの凄い辛さで、夫は口から正しく「火」が出そうに なった。 赤と緑の唐辛子が、これでもかーというくらい入っていて確かに、当たると もの凄い辛さになる。 食事で汗をかき、爽快な気分(?)になった。
昨日のうちに買い物を済ませてしまったので、1日ゆっくりと過ごすことができる。 このパターンは、なかなか良いようだ。
1日ゆっくりと家で過ごす。 夫は居間の大きな机で仕事をする。
夕方研究所を突っ切って、レホボトの駅に行ってみる。 意外と新しい駅だ。 プラットホームが2つのこじんまりとした駅である。 改札はなく、道から勝手にぶらっとプラットホームに入ることができる。 ここで電車に乗れば、テルアビブまで行く。 反対方向はベールシェバに行く。 この電車は単線・ディーゼル車という 福岡で利用していた筑豊本線と同じ環境なので、何となく親近感が湧く。
研究所内に戻り、衣を遊ばせる。 彼女のお気に入りの場所は、簡単な迷路のようなオブジェの所である。 今日も早速かくれんぼを始めた。
しばらくすると、おじいさんとおばあさんに連れられた、 衣と同じ年くらいの子供がやって来る。 1歳半の男の子でオブリ君というそうだ。 女の子にも見える大変に可愛らしい子供で、衣も大喜びで一緒に遊ぶ。 レホボト在住の老夫婦には2人のお嬢さんがいて、 そのうちの1人がエルサレムに住んでいて、週末に 遊びに来ているらしい。 おじいさんは、 会社を経営していて何回か日本にも出張していて日本の話を少しした。
この場所は遊んでいるといつも他の子供連れがやってきて、おしゃべりができる。 以前も、1歳過ぎの女の子ハダルちゃんとそのおじいさんとお友達になった。
研究所内にはいたる所に金属製のオブジェが置かれている。 この迷路のような物もそのうちの一つである。 なかなか上手くできていて、金属の板を台に垂直に立てることによって、 簡単な迷路を構成している。 子供達の大好きなスポットととなっている。
7時過ぎに帰宅すると、隣に新しい住民が引っ越してきたようで、電気がついていた。 今度はどこの国の人達だろう。 子供はいるのだろうか? 楽しみである。
今日から7月である。
4月に日本を出発して、約3ヶ月が過ぎたことになる。 色々なことがあったが、とても早く時間が過ぎたような気がする。 多分、1年弱の滞在は、この調子であっという間に終ってしまうのだろう。
今週は木曜日の夕方に買い物をしてみることにした。 夫の帰宅後にタクシーでバスセンターに行く。 スーパーは夜遅く11時くらいまで営業しているようだ。 パンや蛋白質、野菜、ミルクや卵、水などの食料品を買い込む。 金曜日の日中に比べて、やや人が少ないような気がする。 少なくとも、レジはいつもよりも空いている。
安息日の前には、特別のパンが売られる。 平日には大抵、ピタパン、黒パン、フランスパンのような物が主流だが、 安息日前になると、大きな編み込みパンがパン売り場に加わる。 白い物、レーズン入りと双方とも中はふわっとしていて美味しい。 我が家は大抵、この編み込みパンを1つ、黒パンかライ麦パン、 フランスパンを買い、小分けにして冷凍して1週間食べ続けることにしている。 テルアビブではスーパーでべーグルが売っていて楽しかったのに、 ここではスーパーでは見かけない。
買い物が終ったのは7時頃だったが、木曜日の晩は配達のサービスが遅くまであり、 我々の買い物も8時から10時の間に配達されるとのことだ。 冷蔵が必要なものは、別扱いにして冷蔵保存をしてくれるらしい。
帰りもタクシーで帰る。 こちらは何度も書くようだが、タクシー料金が安いので気軽にタクシーを利用できる。 宿舎の人達も、見ていると結構利用しているようだ。
衣を寝室で寝かせている間に、配達が届く。 9時頃だったか…。 最近は品物をビニール袋に入れるようにしているので、 配達の人が、箱から床に出してくれた時に、 最初の頃のようにばらばらにならないですむ。 日本でも、このようなサービスがあれば大人気になると思うのだが。